建物の瑕疵についての不法行為責任に関する裁判例のご紹介(福岡高等裁判所平成24年1月10日判決)
【はじめに】
今回は,以前にご紹介させて戴きました「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に関する最高裁平成23年7月21日判決の,第3次控訴審判決(福岡高等裁判所平成24年1月10日)をご紹介致します。
福岡高裁は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」を一部のみ認め,請求額約3億5000万円に対して,その約1割にあたる約3800万円の損害賠償義務を認めていますが,原告とすれば,実質的には敗訴に近い内容であると思われます。
【事案の概要】
事案としては,共同住宅・店舗として建築された9階建ての建物(以下,「本件建物」といいます。)を建築主から買い受けた原告が,本件建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して,設計・工事監理者である一級建築士事務所と建築請負人である建設会社を被告として,不法行為に基づく損害賠償を請求した事件で,「別府マンション事件」と呼ばれているものです。
【判決概要】
福岡高裁は,「建物に対する不法行為責任の成立について,…法規の基準をそのまま当てはめるのではなく,基本的な安全性の有無について実質的に検討するのが相当である。」,「瑕疵担保ではなく不法行為を理由とする請求であるから,瑕疵のほか,これを生じるに至った…故意過失についても立証が必要であり,過失については,損害の原因である瑕疵を回避するための具体的注意義務及びこれを怠ったことについて立証がなされる必要がある。」などと述べた上で,本件建物の多くの瑕疵の内,ほんの一部のみについて「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当すると認定し,設計者や施工業者に過失があると判示しました。
【解説】
1 最高裁と福岡高裁の方向性の違い
本判決は,2度目の差戻審のものですが,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に関して,最高裁と福岡高裁の間で,基本的な考え方の方向性が全く異なるのではないかと考えられます。つまり,最高裁は,設計者や建築業者の不法行為責任を広く認めようとする方向で,他方,福岡高裁は,その不法行為責任を限定しようとする方向であると思われます。
この方向性の違いは,何に起因しているのでしょうか。
2 瑕疵担保責任との関係
福岡高裁は,「瑕疵担保ではなく不法行為を理由とする請求であるから,瑕疵のほか,これを生じるに至った…故意過失についても立証が必要であり,過失については,損害の原因である瑕疵を回避するための具体的注意義務及びこれを怠ったことについて立証がなされる必要がある。」と述べ,現実に瑕疵が存在しているにも拘らず,ほとんどの瑕疵について,具体的注意義務違反の立証がなされていないから過失は認められないと判示しています。
この判断の背景には,マンションのように転売されるものについては,本来は,売主と買主との間で瑕疵担保責任で処理されるべきであり,第三者である転得者から長期に亘って損害賠償請求できる不法行為責任は,限定的に適用されるべきであるとの考え方があるように思われます。
3 専門的知識の欠如
また,あくまでも私見ですが,上記判断の背景には,もう一つの要素があるのではないかと私は思っています。
つまり,裁判官の建築に関する専門的知識の欠如です。
福岡高裁の論理では,原告側が,建物の瑕疵の存在とその瑕疵を回避するための具体的注意義務及びこれを怠ったことについて立証する必要があります。したがって,裁判官も,これら事実を認定しなければいけないことになりますが,建築に関する専門的知識を有していない裁判官に,これら認定が十分に可能でしょうか。
例えば,本判決は,「B棟3階居室において,最大で幅1㎜を超えるひび割れが発生していることが認められるが,この原因については証拠からは不明である。鑑定書…では,…ひび割れ対策指針を守っていないとするが,その具体的内容については記載されていない。よって,これについて…不法行為により生じたものとは認められない。」としていますが,ひび割れがあり,ひび割れ対策指針の存在が示されれば,具体的注意義務違反を認定することは可能であると考えられます。
裁判官は,専門的知識がないので立証が十分なのか判断できず,結局,立証不十分と認定してしまっているのではないかと思われる部分が,本判決には他にもいくつもあります。
4 証明責任の転換
さらに,原則論から言えば,過失の証明責任は不法行為を主張する側にあります。しかし,建物の瑕疵の場合,これもあくまでも私見ですが,瑕疵が存在すれば,事実上過失が推定され,証明責任が事実上転換されると考えるべきです。
建物の瑕疵には,複数の原因が通常考えられます。例えば,コンクリートのひび割れには,補強鉄筋忘れ,目地忘れ,かぶり厚の不適正,単位水量の多さ,支保工の早期撤去,コールドジョイント等,複数の原因が考えられます。実際,真の原因は,コンクリートを破壊しなければ分からないことも多いでしょう。
しかし,建物に現実に瑕疵がある以上,そこに何らかの過失が存在していることは,通常は,明白に分かります。
このように考えると,過失の証明責任については,多くの場合建築の素人である建物所有者よりも,建築のプロである設計者や施工業者に負わせるべきでものであるとの価値判断も合理性を有すると考えます。
この点からも,本判決は,非常に問題のある判決なのではないかと言わざるを得ません。
5 最後に
本判決は,以上の他にも,高さが1.1m以上必要な手摺りについて,71㎝でも「危険性があるとは認め難い」と認定するなど,首を傾げたくなるような判断をしています。
正確な情報は持っていませんが,原告は,本判決を不服として,さらに上告したようですので,次の最高裁の判決を見守りたいと思います。
注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも私見です。