株式会社における取締役の義務と責任
【はじめに】
今回は、株式会社の取締役は法律上どのような義務や責任を負うのかについて説明したいと思います。「取締役」という言葉は、社会生活をする上ではよく耳にする言葉ですが、実際に株式会社で取締役がどのような役割を担っているのか、どのような義務や責任を負うのかについて十分に理解されている方は少ないと思います。
これから会社を設立しようと考えているが、取締役として何をしたらよいのか分からない方や、友人から取締役になるよう依頼されたが、どんな義務や責任があるのか分からないという方に、今回の記事は読んでいただきたい内容です。
1.取締役の役割
株式会社には最低一人以上の取締役を置くことが義務付けられています(会社法(以下、法令名省略)326条1項)。取締役とは、株主総会の決議により選任され(329条1項)、会社(株主)から委任を受け(330条)、会社の管理・運用に関する事務を処理する者です。そのため、会社法に特別の規定がある場合を除き、民法の委任に関する規定が適用されます。
また、会社が取締役会設置会社(2条7号)であるか否かにより、取締役の役割は大きく異なります。以下、それぞれの場合について説明します。
(1) 取締役会を置かない場合
この場合は単純で、取締役が、会社の業務の決定(経営の基本方針や具体的な取引など、広く事業活動に関する意思決定)および業務の執行(業務の決定を実際に遂行すること)を行います。また、対外的には会社を代表します(349条1項)。
(2) 取締役会設置会社の場合
この場合には、取締役が3人以上必要となり(331条5項)、取締役全員で取締役会を構成し(362条1項)、業務執行の決定を行います。
また、取締役の中から会社を代表する取締役(代表取締役)、その他の会社の業務を執行する取締役(業務執行取締役)を選定し(362条2項3号・3項、363条1項2号)、その職務執行を監督します(362条2項2号)。業務執行取締役は、会社の業務を執行するほか(363条1項2号)、取締役会の委任を受けて、業務執行の決定を行うこともできます(ただし、委任事項には法定の制限があります〔362条4項〕)。
2.取締役の義務
(1) 善管注意義務・忠実義務
取締役は会社に対し、さまざまな義務を負っています。まず、取締役は会社との間で委任関係にあるため(330条)、善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負います(善管注意義務。民法644条)。この善管注意義務とは分かりにくい概念ですが、行為者の属する職業や社会的地位に応じて通常期待されている程度の抽象的・一般的な注意義務のことをいいます。
また、取締役は会社に対して忠実に職務を行う義務を負い(忠実義務。355条)、「会社の利益を犠牲にして自己または第三者の利益を図ってはならないという義務を負う」と解されています(田中亘『会社法[第3版]』(東京大学出版会・2021)271頁)。
(2) 法令・定款・株主総会決議の遵守義務
取締役は、法令、定款、株主総会の決議を遵守して職務を行う義務を負います(355条)。ここでいう「法令」とは、取締役を名宛人として義務を定める規定に限らず、株式会社を名宛人として、会社がその業務を行う際に遵守すべき全ての規定を含みます。
ただし、法令に違反した場合であっても、取締役に帰責事由がない場合には取締役の任務懈怠責任(423条1項)は生じません。
(3) 報告義務
取締役が会社に対し著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見した場合には、その事実を会社の監査機関(会社の種類により異なる。監査役、監査役会または監査等委員会。監査機関がない会社では、株主。)に報告しなければなりません(357条)。この報告義務は、監査機関による迅速な是正措置を可能にするために規定されています。
(4) その他の義務
以上は取締役の一般的な義務の概要ですが、その他にも具体的な義務内容として、競業避止義務、利益相反取引に関する規制等さまざまな規定があります。これらの具体的な内容については次回以降の記事で順次取り上げたいと思います。
3.取締役の任務懈怠責任
(1) 任務懈怠責任の要件
取締役は、その任務を怠ったときは、会社に対し、これによって会社に生じた損害を賠償する責任を負います(423条1項)。
この責任が発生する要件としては、
①取締役に任務懈怠があったこと
②会社に損害が発生したこと
③任務懈怠と損害との間に因果関係があること
の3つが要求されます。
他方、取締役は、任務懈怠が取締役の責めに帰すべき事由によるものでなかったことを主張、立証すれば責任を免れることができます。
(2) 任務懈怠責任の効果
取締役は、会社の損害を賠償する責任を負います(423条1項)。同一の損害について複数の取締役に任務懈怠責任が成立する場合には、これらの者は連帯債務者として責任を負います(430条)。
(3) 特則
取締役の任務懈怠責任について、競業避止義務違反の場合や利益相反取引の場合には、取締役の責任を強化し、会社を保護するための特則が存在します。
【おわりに】
以上、取締役の役割、義務と責任について、簡単に説明させていただきましたが、取締役を含め、株式会社において重要な役割を担う機関(株式会社の管理運営に携わる人または会議体)については、会社法上多くの規定があります。知り合いから名前だけでいいなどと言われて役員になったりすると、思わぬ責任を追及されることがあります。
取締役としての法律問題にかかわらず、会社に関する様々な問題や疑問点については、お一人で悩まずに一度専門家にご相談ください。
【参考文献】
田中亘『会社法[第3版]』(東京大学出版会・2021)