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住宅瑕疵の損害賠償請求において慰謝料まで認められた判例のご紹介(大阪地方裁判所平成10年7月29日判決)

平成30年9月12日
弁護士 一級建築士 一級建築施工管理技士
 今 堀   茂

【はじめに】
 今回は,住宅瑕疵の損害賠償請求において慰謝料まで認められた地裁判例(大阪地方裁判所平成10年7月29日判決)のご紹介です。
 慰謝料というのは精神的損害を金銭的に評価して賠償されるものですが,財産的損害を被った場合,その財産的損害の回復がなされれば精神的損害も回復されたと通常は考えられるので,基本的に財産的損害である住宅瑕疵の損害賠償請求において慰謝料が認められるケースはほとんどありません。
 ところが,本件では,財産的損害に加え,慰謝料として請求された金額の満額である100万円が認容されました。
 本件は例外的ケースだと思われますが,一体どのような場合が例外的なのかを示す格好の事例と考え,ここにご紹介致します。
 
【事案の概要】
 本件は,土地建物を代金4250万円で購入したXが,当該土地の擁壁や建物の基礎等に瑕疵があったとして,不動産販売業者Y1に対しては債務不履行ないし不法行為に基づき,本件建物の建設業者Y2及び設計監理者Y3に対しては不法行為に基づき,土地建物の購入代金を超える約6136万円の損害賠償を求めた事案です。
 
【判決要旨】
第1 主文要旨
1 被告Y2及び被告Y3は,Xに対し,各自,金6002万4912円及びこれに対する遅延損害金を支払え。
2 原告の被告Y1に対する請求を棄却する。
 
第2 裁判所の判断
1 被告Y2の過失の有無
 「本件コンクリート擁壁が回転移動したのは,その上に本件ブロック擁壁が設置されたうえ,更に盛土がされたため,本件コンクリート擁壁の耐力以上の負荷がかかったことによるものであることが認められる。
 そして,本件コンクリート擁壁の上に本件ブロック擁壁を設置し盛土することは,宅地造成規制法施行令5ないし7条に違反する行為である。
 以上によれば,被告Y2建設は,過失によって本件コンクリート擁壁の回転移動を生じさせたものというべきである。」
 「被告Y2は,…瑕疵の多くが,兵庫県南部地震の影響を受けて後発的に発生したものであり,当初から存在していたのではない旨主張する。
 しかし,…各瑕疵は,いずれも兵庫県南部地震と無関係に生じたことが明らかであるし,また,…各瑕疵も,兵庫県南部地震における本件土地周辺の震度が4(中震)に止まっていたことや(当事者間に争いがない。),本件建物において既に平成元年ころから壁に亀裂が入ったり扉の開閉が困難になるなどの故障が頻発していたことからすれば,右地震によって生じたものであるとはいえず,仮に,そうであったとしても,わずか震度4程度の揺れによって建物の軸組構造に影響が生じたのであれば,被告Y2による本件建物の設計・工事・監督自体に問題があったことを示しているというべきである。」
 
2 被告Y3の過失の有無
 「被告Y3は,本件請負契約に基づき,被告Y2から提出された本件建物の平面図を基に,立面図,矩計図,筋かいの軸組計算図及び仕様書を作成し,これらを本件土地の開発行為に関する検査済証を添付したうえ奈良県郡山土木事務所に提出して建築確認申請等の手続を行うとともに,本件建物の中間・完了検査を申請しこれらの検査に立ち会ったが,本件建物の設計及び工事監理は行わなかった。
 …一級又は二級建築士は,建物の設計及び工事監理をする意思もないのに設計者・工事監理者として届け出ることは許されないのであって,右建物の設計者・工事監理者として届け出た以上は,その業務を誠実に遂行すべき義務を負っているというべきである(建築士法18条1項参照)。
 …本件についてみるに,…本件建物の延べ面積は105.98平方メートルであるから,一級又は二級建築士でなければ,その設計及び工事監理をしてはならず,二級建築士である被告Y3は,本件建物の設計者及び工事監理者として届け出た以上,その業務を誠実に行うべき業務を負っていたというべきである。
 しかるに,被告Y3は,本件建物の設計及び工事監理を怠り,この結果,本件ブロック擁壁や本件建物には,前記…のような瑕疵が生じた。」
 
3 被告Y1の過失の有無
 「不動産業者は,顧客に対して土地・建物を販売する場合,売買契約に付随する義務として,その安全性について調査すべき義務を負っているというべきである。
 しかし,都市計画法や建築基準法に基づいて公的機関が検査すべきものとされている場合は,土地・建物について専門家による安全調査が実施されるのであるから,不動産業者としては,特段の事情がない限り,公的機関による検査の実施の有無について調査すれば足り,これに加えて,その安全性について独自に調査することまでは必要でないというべきである。」
 「<1>本件土地について,奈良県知事による完了検査がなされ検査済証が交付されていること,<2>本件建物について,建築主事による建築確認,中間・完了検査がそれぞれ行われ,検査済証を交付していること及び<3>被告Y1が,奈良県知事及び建築主事による右検査・確認がなされていることを調査したうえ,原告に対し本件土地及び本件建物を売り渡したことは当事者間に争いがない。
 以上によれば,被告Y1は,本件土地及び本件建物についての調査義務を尽くしていると認められ,これと異なる前提に立った原告の主張はその他の点を検討するまでもなく理由がない。」
 
4 原告の損害
 「<1>本件コンクリート擁壁が最大で16センチメートル(角度2.5度)回転移動し,壁面に多数の亀裂が走っていること,<2>本件建物が7センチメートル以上不等沈下していること,<3>本件建物の基礎に多数の亀裂や破断が見られること,<4>本件建物の軸組に多数の緊結不良が見られることに鑑みれば,本件コンクリート擁壁及び本件建物は,安全性を全く備えていないといわざるを得ない。
 そして,本件土地及び本件建物には,右のとおり,敷地の擁壁,建物の基礎,軸組といった主要部分にまんべんなく瑕疵が存在しており,もはや部分的な補修によっては安全性を回復することは不可能であるから,これらを取り壊したうえ,擁壁や建物を作り直すほかないというべきである。」
 
5 慰謝料
 「原告は,両親を引き取る予定で本件土地・本件建物を購入したのに,入居当初から様々な瑕疵に悩まされ,両親を引き取ることもできず,本件建物が倒壊するかもしれないという不安を感じながら今日に至ったことが認められる。
 このために原告が被った精神的損害は,少なくとも100万円に相当するというべきである。」
 
【解説】
1 工事業者被告Y2の責任について
  本件は,売主と建設業者が異なる建売住宅の事案ですので,XとY2との間には直接の契約関係はありません。したがって,XはY2に対して契約責任である瑕疵担保責任を追及することはできず,不法行為責任を追及するしかありません。
  建物の瑕疵に関する不法行為責任については,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」がなければ認められないことは以前のコラムでも紹介していますが,これは単なる瑕疵担保責任における瑕疵よりも厳格なものです。
  本件ではY2の不法行為責任が認められていますが,基礎底盤の厚みが5~15㎝と不均一である,7㎝以上の不等沈下が生じているなど,その瑕疵の重大さから考えて当然の結論だと思います。
 
2 二級建築士被告Y3の責任について
  本件は,所謂「名義貸し」の事案です。Y3は,Y2から建築確認申請と検査の立会いを9万700円という低額で請け負っており,工事監理契約までは締結していませんでした。Y3としては,単に建築確認を取るために監理建築士の名義を貸したに過ぎないにも拘らず,高額の損害賠償責任を負わされる羽目になったということです。
  建築士の名義貸しについては,監理建築士としての責任を肯定する判例と否定する判例の両方があります。
  責任肯定説には,名義貸しが横行し,適切な工事監理を受けていないことが原因で,多数の欠陥建築が生み出されることを防ぐという政策的な意図が根底にあると考えられます。
  これに対し,責任否定説は,名義貸しという行為の当否は別にして,工事監理契約を締結していない以上,監理建築士としての責任を負わないというものです。実際のところ,低額の報酬で名義貸しを行っただけで,全く釣り合わない高額の損害賠償責任を負わされるというのは,建築士にとっては酷な面があると思います。一部の建築士を除く大多数の建築士の収入は,一般的に考えられている程多くはないようです。一方で,工事業者にとっては,細かい指示を出す監理建築士はいない方が工事を進め易いという思惑があります。名義貸しの事案で,より悪者はどちらかと訊かれれば,建築士ではなく工事業者であると答えざるを得ないところです。名義貸しを防ぐための方策としては,監理建築士の負う厳格な責任に見合った適正な金額の報酬が必ず支払われるようにする政策が必要だと考えられます。同じ専門家でも,医師の診療報酬であれば適正な金額が担保されているのにも拘らず,監理建築士の報酬は担保されないというのは,合理的と言えるのでしょうか。
  もっとも,Y3としては,名義貸しのリスクを十分承知の上で名義貸しを行ったのでしょうから,本判決の結論については仕方のないところです。
 
3 不動産販売業者被告Y1の責任について
  本判決は,「不動産業者としては,特段の事情がない限り,公的機関による検査の実施の有無について調査すれば足り,これに加えて,その安全性について独自に調査することまでは必要でない」と判示しています。
  しかし,公的機関による検査について,本当に検査を経ているから大丈夫なのかと訊かれれば,ノーと答えざるを得ません。工事監理報告書に基づいて,数回かつ短時間の検査を経ただけでは,とても検査されているから大丈夫とは言えないと思います。そもそも,もし本当にそれで大丈夫であれば,欠陥建築など生まれる筈はありません。適切な監理をしていない監理建築士の工事監理報告書を信用せざるを得ない実情があるからこそ,欠陥建築が生まれるとも言えます。
  もっとも,不動産販売業者としては,それ以上の調査を行うことは事実上無理がありますので,Y1の責任を否定した本判決の結論は妥当だと思います。
 
4 慰謝料について
  財産的損害を被った場合,その財産的損害の回復がなされれば精神的損害も回復されたと通常は考えられるので,建物の財産的損害額に加えて慰謝料が認められることはほとんどないことについては既に述べた通りです。
  しかし,本件では請求額満額である100万円が慰謝料として認容されています。もし,300万円で請求していれば,そのまま認容されていた可能性もあります。一体,何が違うのでしょうか。
  この点,結局のところ,財産的損害の回復がなされても回復できない精神的損害があるかどうかということだと考えます。
  本判決では,「両親を引き取る予定で本件土地・本件建物を購入したのに,入居当初から様々な瑕疵に悩まされ,両親を引き取ることもできず,本件建物が倒壊するかもしれないという不安を感じながら今日に至った」と,瑕疵の重大さ,不快感や不安感を持ち続けていた期間の長さに加えて,両親を引き取れなかったという事情までもが慰謝料認容の理由とされています。
  本判決は,建物に関する慰謝料の認定について,建替えを必要とする程の重大な瑕疵かどうか,受任限度を超える長期間であるかどうかという基本的な事情に加えて,各事案の周辺事情についても人間味のある考慮がなされる余地があることを示していると思います。

以上

注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。