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隣地工事による建物の不同沈下について,施工者にだけでなく施主に対する損害賠償請求までもが認められた判例のご紹介(京都地方裁判所平成26年9月17日判決)

平成30年8月9日
弁護士 一級建築士 一級建築施工管理技士
 今 堀   茂

【はじめに】
 今回は,隣地における建築工事によって生じた建物の不同沈下について,その隣地工事の施工者と施主に対する損害賠償請求が認められた地裁判例(京都地方裁判所平成26年9月17日判決)のご紹介です。
 隣地工事によって建物が不同沈下したとして訴訟を提起しても,原因の特定と因果関係の立証の困難性のため,常に請求が認容されるとは限りません。これまでも,多くの被害者が苦汁をなめてきたと思われます。
 ところが,本件では,施工者だけでなく施主にまでその責任を認めました。その違いと理由は何にあったのか,知っておくべき事案と考え,ここにご紹介致します。
 
【事案の概要】
 本件は,京町家(以下「本件建物」という。)を所有するX1(実際は2名ですが,簡略化のため1名のみの表記とします。)と本件建物で呉服店を営む会社X2が,本件建物敷地の北側に隣接する土地における,施主Zが工事業者Yに発注したマンション建築工事の土地掘削工事によって,本件建物が不同沈下したとして,Y及びZに対し損害賠償を請求したという事案です。
 
【判決要旨】
 請求一部認容(約2億円の請求に対し,約485万円(X1に約199万円,X2に約286万円)の認容額)
1 本件マンション建築工事と本件建物の不同沈下との因果関係
 「本件土地の深さ2ないし3メートルの地盤は,以深の地盤と比較して,軟弱であり,土質工学上,掘削面から45ないし60度の範囲で地表に亀裂が生じる可能性があるところ,本件マンション土地掘削工事の後,本件土地の北端(本件マンション側)から2ないし3メートル南側に本件マンション土地との境界と平行に本件地割れが発生した。
 そして,本件マンション土地掘削工事は,本件建物との境界に近接した本件マンション土地を掘削し,特に,ラップルコンクリート撤去の際に約5.4平方メートル,二次掘削の際に約2.2平方メートルの掘削面が露出するものであった。なお,地盤の硬化は,薬液が地表に漏出して,浸透する範囲が確実でなかったり,ラップルコンクリート撤去と共に除去されたりして,土留めとして,本件土地の崩壊はともかく,変形を防止できたものとは認められない。」
 「しかしながら,他方,…以下のとおり,本件建物が,修復を必要とする,現在のような不同沈下及び変形に至ったことには,本件マンション土地掘削工事以外の要因の存在が認められる。」
 「本件マンション土地掘削工事の前,本件南側マンション建築工事において,本件建物の不同沈下及び変形が発生した。なお,その後の補修は一部に対するもので,金銭賠償により解決された部分もあったから,本件南側マンション建築工事の影響が全て回復されたとは認められない。」
 「したがって,本件建物の性質,本件既存建物の新築工事及び本件南側マンション建築工事によっても,現在,本件建物にみられる不同沈下及び変形を修復する必要がある損害が発生したと認められる。」
 「以上を総合考慮すれば,本件マンション土地掘削工事は,本件建物の現在の不同沈下及び変形を修復する必要がある損害の発生について,その2割に寄与したと評価するのが相当である。」
2 施工者の責任
 「本件マンション土地は,間口が狭く奥行が長いため,本件マンション土地に中高層住宅を建築する場合,本件土地との境界に近接した部分を掘削しなければならなかったところ,親杭横矢板による土留めは,その工程で掘削面の露出を避けられないため,背後地盤が崩壊することを防止できても,土質工学上,変形することは避けられなかったこと,しかも,薬液による地盤の硬化は,薬液が本件土地の地表に漏出し,その効果を疑わなければならなかったこと,被告Yは,事前調査によって,本件建物には既に不同沈下や不具合があり,基礎が本件土地上に乗っているだけで本件土地の地盤の変形による影響を受けやすいため,本件土地の地盤に変形が生じれば,本件建物の不同沈下や不具合が受忍限度を超えるおそれが高いことを認識し得たことが認められる。
 そうすると,被告Yとしては,本件土地の崩壊だけではなく,変形も防止するために,親杭横矢板等による土留めに頼るのではなく,本件土地の地盤を硬化する等,本件建物を下支えして,本件建物の不同沈下及び変形を防止する措置を講じるべきであったというべきである。
 したがって,これらの措置を講じなかった被告Yには,原告らに対する不法行為責任が認められる。」
3 施主の責任
 「被告Zは,本件マンション建築工事の注文主であるのと同時に,土地建物の有効利用に関する企画,調査,設計に加えて,建築工事等を目的とする者であるから,住宅密集地域における狭小地上の中高層住宅の建築について,十分な知識を有していると認められる。そして,本件マンション土地及び本件土地のように軟弱な地盤を掘削すれば,周辺土地に影響を及ぼし,特に隣接した本件土地で,掘削面に近接して建てられている本件建物に対し,何らかの損傷を生じさせることは,容易に認識し得たはずである。
 そうすると,被告Zは,被告Yに対し,本件マンション建築工事を注文するに当たり,又は,施工中でも,本件建物の損傷を防止するよう,適切な指示を与え,かつ,被告Yが採ろうとしている防止措置についての説明を受け,それを検討して,損傷防止に十分なものであることを確認した上で,本件マンション建築工事の注文又は指図をすべきであったというべきである。
 したがって,これらを行わなかった被告Zは,原告らに対し,被告Yと共同不法行為責任を負う。」
 
【解説】
1 本件マンション建築工事と本件建物の不同沈下との因果関係について
  本件で行われた土留め工法である親杭横矢板工法(オーガー等で削孔した穴に,親杭(H鋼)をほぼ等間隔で打ち込み,そのH鋼の間に横矢板をはめ込む土留めの在来工法)では,親杭と親杭の間を掘削してから横矢板を設置し横矢板背後と掘削面の隙間を土で埋め戻すまで,掘削面が露出することは避けられません。掘削面が露出すれば,程度の差こそあれ,掘削面付近での地盤の変形は避けられないところです。
  また,本件では,Yは掘削面付近の地盤について,薬液の注入による地盤改良を行ったようですが,薬液が地表に漏出するなどしており,浸透した範囲が確実でなく,土留めとしての効果はありませんでした。
  このような状況下において,本件マンション土地掘削工事の後,本件土地の北端(本件マンション側)から2ないし3メートル南側に本件マンション土地との境界と平行に本件地割れが発生したというのですから,本判決で,本件マンション建築工事と本件建物の不同沈下との因果関係について肯定されたことは当然でしょう。
  ところが,本件建物は,本件マンション建築工事が行われる前に,既に不同沈下を起こしていました。本件マンション建築工事以前に行われた本件建物敷地南側のマンション建築工事において,既に,本件建物の不同沈下が発生していたのです。この点が,本件の特異な部分です。
  南側のマンション建築工事については,当該工事業者との間で既に和解が成立していたようですが,一部は補修されたものの,金銭賠償により解決された部分もあったため,本判決では,本件南側マンション建築工事の影響が全て回復されたとは認められないと認定され,本件マンション土地掘削工事は,本件建物の現在の不同沈下及び変形を修復する必要がある損害の発生について,その2割に寄与したと評価するのが相当であると判示されました。この2割の寄与というのが妥当なのかどうかについては,判決文からのみでは読み取れませんが,いずれにしても感覚的なものが含まれていると思います。
2 施工者と施主の責任について
  本件において,施工者の責任が認定されたことは,上述の事情から当然のことだと思われますが,通常あまり認められない施主の責任までが認められたのには,以下のような事情がありました。
  施主Zは,土地建物の有効利用に関する企画,調査,設計に加えて,建築工事等を目的とする会社であり,住宅密集地域における狭小地上の中高層住宅の建築について,十分な知識を有していると認定されています。そのため,Zは,Yに対し,本件マンション建築工事を注文するに当たり,又は,施工中でも,本件建物の損傷を防止するよう,適切な指示を与え,かつ,Yが採ろうとしている防止措置についての説明を受け,それを検討して,損傷防止に十分なものであることを確認した上で,本件マンション建築工事の注文又は指図をすべきであったというのです。
  つまり,これは知識を有する専門家であればある程,その責任,即ち,注意義務は重くなるということを示しています。この傾向は,最近の判例に顕著に見られる傾向であると思いますので,専門家である法人や個人においては,襟を正して行かなければいけないところでしょう。

以上

注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。