建築工事の瑕疵と未完成との区別基準が示された判例のご紹介(東京地方裁判所昭和57年4月28日判決)
【はじめに】
今回は,建築工事の「瑕疵」と「未完成」との区別基準が示された地裁判例(東京地方裁判所昭和57年4月28日判決)のご紹介です。
本判決は,瑕疵と未完成との区別基準について,「工事が途中で中断し予定された最後の工程を終えない場合には,仕事の未完成ということになるが,他方予定された最後の工程まで一応終了し,ただそれが不完全なため補修を加えなければ完全なものとはならないという場合には仕事は完成したが仕事の目的物に瑕疵があるときに該当するものと解する」と判示しています。一見,当たり前のことが示された判例と言えそうなのですが,深く考えてみると疑問が湧いてきます。
そこで,基本的な判例として,ここにご紹介致します。
【事案の概要】
住宅建設販売会社X(請負人)は,Y(注文者)との間で住宅の新築工事請負契約を締結して工事(以下,「本件工事」という。)を行ったが,Yは,本件工事は,基礎工事に割栗を入れていないなど杜撰な部分や設計図通りの施工がされていない部分があり,完成していないとして請負残代金の支払いを拒否した。
そこで,Xは,Yを被告として,請負残代金の支払いを求めて訴訟を提起した。
【判決要旨】
請求認容
1 「まず一般的にいかなる場合に建物が完成したといえるかであるが,民法がその瑕疵が隠れたものか否かを問わないで,瑕疵修補請求を認めるなど請負人に厳格な瑕疵担保責任を課しているのは,一方では注文者に完全な目的物を取得させるためであるが,他方ではそれによって請負人の報酬請求権を確保するためである。即ち,目的物が完成しないと請負人は報酬を請求しえないことから,民法は請負人に重い瑕疵担保責任を課して注文者を保護する一方,それとの均衡から,できるだけ目的物の完成をゆるやかに解して,請負人の報酬請求を確保させ不完全な点があればあとは瑕疵担保責任の規定(民法634条)によって処理しようと考えているのである。(ほんのささいな瑕疵があるために請負人が多額の報酬債権を請求しえないとすれば,あまりにも請負人にとって酷である。)
そこで目的物が不完全である場合に,それを仕事の未完成とみるべきか,又は仕事の目的物に瑕疵があるものとみるべきかは次のように解すべきである。即ち,工事が途中で中断し予定された最後の工程を終えない場合には,仕事の未完成ということになるが,他方予定された最後の工程まで一応終了し,ただそれが不完全なため補修を加えなければ完全なものとはならないという場合には仕事は完成したが仕事の目的物に瑕疵があるときに該当するものと解するのである。
これを本件についてみると,被告の主張する別紙の不完全工事と称するものは,右にいう仕事の目的物の瑕疵に当るというべきであり,また,鑑定の結果によれば,本件建物の東側部分の基礎には当初の設計図と異なり割栗が入っていないが,基礎工事としては,ベタ基礎及び一部連続フーチング基礎,鉄筋コンクリート造りで一応の工程が終了していることが認められる。
すると,本件建物が完成していないことを理由にしては,被告は原告に対し本件建物の受領と請負残代金の支払いを拒むことはできないというべきである。」
2 「瑕疵については,補修を要すべきものについてはすべてその工事を完了しており,もはや瑕疵とよぶべきものは存在していないことが認められる。」
3 「本件建物の基礎に割栗が入っていないことが認められるが,そのことによって,本件建物の基礎・土台工事が杜撰であったことを認めるに足りる証拠はない。
かえって《証拠省略》によると,本件建物の基礎工事は厳密な構造計算によって設計されていて,割栗が入っている場合に比べてその強度においてなんら遜色のない状態であることが認められる。」
【解説】
1 瑕疵と未完成とを区別する理由
建築工事の瑕疵と未完成とを区別する理由は,主に請負代金請求権の発生と契約解除権の有無にあります。
つまり,建築工事が未完成の場合,請負人は請負代金を請求することができない一方で,注文者は損害を賠償して契約を解除することができます。反対に,建築工事が完成していれば,請負人は請負代金を請求することができる一方で,注文者は契約を解除することはできないのです。完成後は,「瑕疵ある完成」と考えて,瑕疵担保責任の適用範囲ということになります。
これが建築工事の瑕疵と未完成とを区別する理由です。法律効果に大きな違いがありますので,その区別基準は重要です。
2 工程一応終了説
本判例は,瑕疵と未完成との区別基準について,「工事が途中で中断し予定された最後の工程を終えない場合には,仕事の未完成ということになるが,他方予定された最後の工程まで一応終了し,ただそれが不完全なため補修を加えなければ完全なものとはならないという場合には仕事は完成したが仕事の目的物に瑕疵があるときに該当するものと解する」として,「工程一応終了説」を採用しています。現在の実務上も,この「工程一応終了説」が判例・通説理論とされているようです。
確かに,予定された最後の工程まで一応終了していれば工事は完成しているという基準は,一見明確なように思われます。
しかし,例えば,明らかに注文者の指定と異なるような施工であっても許されるとするならば,最後の工程を一応終了させることは簡単なことですので,施工者側に工事完成か否かを恣意的に決定させる権利を与えているようなもので,極めて不合理な結果を招きます。
よって,最後の工程が一応終了しているかどうかという判断においても,それが客観的に債務の本旨に合致しているか否かを社会通念に従って判断する必要があると考えるべきです。
結局,予定された最後の工程まで一応終了していれば工事は完成しているという基準は一見明確なようではあるが,価値判断を含めた判断になるので,それ程明確でもないというべきでしょう。例えば,重大な欠陥があって建物としての使用に堪えない場合や,重大かつ明白な約定違反がある場合には,工程が一応終了しているとは言えないのではないかということです。
3 当職としては,上記の工程一応終了説は正しい方向性のものであるとは思いますが,その工程が一応終了しているという判断については,各事案に応じた個別の判断にならざるを得ないと考えます。
そうすると,結局,事案に応じた判断の集積によって,工程一応終了説の判断基準がより明確になることを待つしかないように思われます。
注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。