境界付近に建築する場合でなくとも隣地使用請求が認められた判例のご紹介(東京地方裁判所平成27年12月10日判決)
【はじめに】
今回は,隣地との境界付近に建物を築造する場合でなくとも隣地使用請求が認められた判例をご紹介致します。
民法209条1項本文は,「土地の所有者は,境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で,隣地の使用を請求することができる。」と隣地使用請求権を規定しています。これを文言通り素直に読めば,隣地使用請求権は境界付近に建物等を築造又は修繕する場合においてしか認められないことになりそうです。ところが,本判例は,「建物を築造する場所が境界又はその付近におけるか否かにかかわらず,隣地使用請求権が認められる」,「当該使用を請求する部分が所有する土地と隣接していることも要しない」と判示して,境界付近に建物等を築造又は修繕する場合には該当しない本件で,一般通行の用に供されている私道をコンクリートや鉄板で補強・養生する工事を行うことを認めました。
建築工事を行う場合,足場等を設置するために,隣地を使用しなければならない場合は多いのですが,必ずしも,隣地所有者の承諾を得られるとは限りません。そういう困った状況に陥った施主や工事業者にとって,本事案は非常に参考になり,また,示唆に富んだ判例ですので,ここにご紹介致します。
【事案の概要】
Xは,共有持分を有する土地上に7階建てのX自宅兼賃貸マンション(以下,「本件建物」という。)を建築する計画を立てた。
しかし,Yらは,他の近隣住民と共に,本件建物を7階建てから3階建てに変更することを求め,本件建物の建築計画に反対する運動を行っていた。
Xが本件建物の建築工事(以下,「本件工事」という。)を開始したところ,近隣住民が工事用車両の前に立ち塞がる等の事態が生じたことから,本件工事は一旦中断された。
工事は再開されたが,中断から約1年後,工事車両が通行する通路(以下,「本件通路」という。)が一部陥没し,地中埋設ガス管が破損するなどの現象が生じ,本件工事は再度中断された。
そこで,Xは,Yらに対して,民法209条1項の隣地使用請求権に基づき,Yらが共有持分を有する本件通路の一部にコンクリートや鉄板で補強・養生する工事を行うことの承諾及び妨害の禁止を求めて訴訟を提起した。
【判決要旨】
請求認容
「民法209条1項は,土地の所有者は,境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で,隣地の使用を請求することができる旨を定めているところ,同条項は隣接する土地の相互利用を目的としたものであって,境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕する場合に限り隣地の使用を請求することを認めるものとは解されず,同条項に列挙された使用目的は例示的列挙であると解されるから,同条項に列挙された目的以外でも上記請求をすることができるものと解するのが相当である。
…認定したところによれば,原告は,共有持分を有する本件建築予定地において本件建物を築造することを計画していること,その築造のために車両重量3トンから13トンの工事用車両を本件土地に出入りさせる必要があり,上記車両が本件建築予定地から公道に通じる唯一の通路である本件通路を通行することが必要であること,ところが,本件通路は上記車両が通行するのに十分な強度を有しておらず,本件建築工事のために上記車両が通行した結果,少なくとも路面の陥没等の損傷が生じたことがそれぞれ認められる。
そして,本件建築予定地において7階建ての本件建物を築造することは商業地域とされた本件建築予定地の用途に適合するものであるところ,本件各工事は,別紙工事方法目録1及び2記載のとおり,本件土地上のL型側溝の下に砕石を敷くとともにベースコンクリートを打設する補修工事及び本件土地の私道部分を鉄板で覆うとともに端部をアスファルトで摺り合わせる養生工事からなり,これらの工事を行うことにより,本件建築工事用の車両が本件通路上を通行する上での支障を相当程度取り除くことが可能である上,本件各工事対象地の通路としての機能が改善されるものであるから,本件土地において本件各工事を行うことは,本件建築予定地に本件建物を築造するための本件土地の使用として必要な範囲に属するものであると認められる。
したがって,原告は,被告らに対し,本件土地につき,本件各工事を行うために使用することを承諾するよう請求することができる。
なお,本件建物は本件土地との境界線から2メートルの位置に築造されるものであって,本件建築工事を行うに当たり,物理的に上記境界線を越えて本件土地に進入することを要するものではないものの,上記のとおり,民法209条1項の趣旨に照らせば,同条項に列挙された使用目的は例示的列挙であると解され,本件において原告が本件土地の使用を必要とする事情は,本件建物を建築するのが本件建築予定地の境界又はその付近におけるか否かということとは直接関係しないものであるから,原告が建物を築造する場所が境界又はその付近におけるか否かにかかわらず,隣地使用請求権が認められるというべきである。」
【解説】
1 「例示的列挙」「必要な範囲」
本判例は,民法209条1項について,隣接する土地の相互利用を目的としたものであるとして,同条項に列挙された使用目的は「例示的列挙」であるから,同条項に列挙された目的以外でも隣地使用請求をすることができると判示しています。つまり,隣地使用請求は,隣接する土地の相互利用という目的に適合していれば,「必要な範囲」で認められるということです。
そうすると,隣地使用請求は,隣地の一部ではなく全体を使用する場合であっても,それが「必要な範囲」であれば認められるということになります。実際,隣地全体の使用請求が認められた判例(東京地方裁判所平成23年9月26日判決)があります。もっとも,この判例の事案は,隣地が更地(空き地)だったようですので,必要性・相当性ありとして隣地全体の使用が「必要な範囲」であると認定されたのでしょう。つまり,工事をするのに隣地全体の使用が不可欠かどうか(必要性),また,その隣地全体の使用で隣地所有者等にどの程度の受忍を課すか(相当性)という点について,それぞれ必要かつ相当と判断したものと考えられます。
いずれにしても,個別の事案で隣地使用が認められるか否かについては,その都度,個別具体的な検討を要するでしょう。
2 立ち入りが許されない「住家」
次に,本判例とは直接関係ありませんが,隣地使用請求権を定めた民法209条1項は,その但書きで「ただし,隣人の承諾がなければ,その住家に立ち入ることはできない」としています。
この但書きに関しては,オフィスビルの屋上や非常階段は,立ち入っても隣人の生活の平穏を侵害しないので,民法209条但書きが「承諾なしでは立ち入りを認めない」と定めている「住家」には当らないと判示した判例(東京地方裁判所平成11年1月28日判決)があります。「住家」に当たるか否かの判断においても,隣地所有者等にどの程度の受忍を課すか(相当性)という点がポイントになると思われます。
3 まとめ
以上の通り,隣地使用請求は,訴訟を提起すれば,一般的に考えられているよりも認められやすいようです。
工事等をする際に隣地所有者等から隣地使用の承諾を得られない場合には,上記の判例を示すなどして理解を得られるよう努力すべきです。しかし,本判例は,それでも承諾を得られなければ訴訟を提起するという選択肢もあり得るんだという勇気を与えてくれる判例だと思います。
また,一方で,隣地使用の承諾を求められた側の隣地所有者も,承諾をしないことが,必ずしも正当な権利行使であるとは限らないことを念頭に置いておいた方が良いでしょう。場合によっては,損害賠償を逆に求められることもあるかもしれませんので,要注意です。
注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。