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住宅の不同沈下による損害として建替費用や慰謝料まで認められた判例のご紹介(京都地方裁判所平成24年7月20日判決)

平成30年3月15日
弁護士 一級建築士 一級建築施工管理技士
 今 堀   茂

【はじめに】
 今回は,住宅の不同沈下による損害として建替費用や慰謝料までも認められた地裁判例(京都地方裁判所平成24年7月20日判決)のご紹介です。
 建物の不同沈下に関する訴訟においては,損害として建替費用が認められることは少なく,良くても鋼管圧入工法による補修費用までしか認められないことが多いというのが実情だと思います。また,その場合でも,設計監理者の責任までは認められないということが多いと思います。
 ところが,本判例は,補修費用までしか認められないとする付調停段階の委員会の意見があったにも拘らず,損害として建替費用だけでなく慰謝料まで認め,その責任を施工者だけでなく設計監理者にまで負わせました。
 この事件については,様々なドラマがあったことが伺われるのですが,施工者や設計者だけでなく,弁護士としても非常に考えさせられる興味深い判例ですので,ここにご紹介致します。
 
【事案の概要】
 Xは,設計事務所Yに自宅新築工事の設計・監理を,また,工務店Zに当該工事を依頼した。ところが,当初設計では全面ベタ基礎であったにも拘らず,Zが,Y担当者であったY2に指示を仰いだ上で,一部を布基礎に変更したこと等が原因で,本件建物に,最大約30mmで,Xが眠っていると床の傾きで気分が悪くなる程の不同沈下が発生してしまった。
 そこで,Xは,Yとの間で締結した設計・監理契約又はZとの請負契約の対象である本件建物に瑕疵があったとして,設計監理者であるY及びY担当者であった一級建築士Y2に対して設計・監理契約上の債務不履行及び不法行為に基づき,Yの代表取締役であるY1に対して取締役の第三者に対する責任に基づき,請負人であるZに対して請負契約上の瑕疵担保責任及び不法行為に基づき,Zの代表取締役であるZ1に対して取締役の第三者に対する責任に基づき,それぞれ,本件建物の建替費用等約4200万円の損害賠償請求訴訟を提起した。
 裁判所は付調停とし,一級建築士等を構成員とする調停委員会は建替費用までは認めず,また,提示された調停案における補修費用は約680万円に止まった。これをXは拒否し,裁判所に鑑定を申請したところ,建替相当との鑑定結果であったため,裁判所は,判決において,建替費用だけでなく慰謝料まで損害として認めた。
 
【判決要旨】
1 主文「Y,Y2,Z及びZ1は,Xに対し,連帯して3760万9885円…を支払え。」
2(1) 基礎コンクリートのかぶり厚が不足している(ほぼ0~37.6㎜)。
 (2) 布基礎に一部を変更したことで,地耐力不足及び許容範囲を超えるねじりモーメントが発生している。
 (3) 基礎配筋が一般的な建築基準に適合していない。開口補強なし,一部の下筋不存在等の瑕疵が存在する。
 (4) 地盤の安全性についての検討が不足していた。
 (5) 躯体を維持したまま補修工事を行うことは不可能であり,解体・建替えを行うしかない。
3(1) 施工者Zは,瑕疵担保責任及び不法行為責任を負う。
 (2) Z代表者であるZ1は,取締役の第三者に対する責任(会社法429条1項)を負う。
 (3)  監理者Y及び担当者Y2は,Xとの監理契約は,重要な工程においてのみ工事現場を確認し,設計通りの施工がなされていることを確認するという限りのもの(重点監理)にすぎず,通常よりも監理者の責任を軽減するものであったと主張し,その根拠として設計・監理契約の代金が相場に比して廉価であること等を挙げるが,当事者間で交わされた契約書にはその旨の明確な記載はなく,建築の知識を有しないXが,設計・監理契約の相場を把握したうえ監理者の責任を軽減することを容認していたとも認められない。
 (4) Y及びY2は,適切に監理せずに施工者の杜撰な基礎工事を見逃し,様々な欠陥を抱える建物を完成させたことから,注意義務を怠ったと言え,債務不履行責任及び不法行為責任を負う。
 (5) Y代表取締役Y1については,本件工事の設計・監理への関与が不明であり,その責任を認めることはできない。
4(1) 本件建物の建替費用 2677万5000円
 (2) 設計・監理費用    362万6000円
 (3) 建替中の借家料     67万5000円
 (4) 転居費用        37万5900円
 (5) 慰謝料            100万円
    本件建物の欠陥は,建物の構造上の安全性に関わるものであり,その解決のための交渉及び訴訟が相当長期にわたっていることや,本件建物の床は最大約30mm傾斜しており,床で寝ていると気分が悪くなるなど一部生活に支障が生じていることその他本件で現れた一切の事情を考慮すると,本件建物に居住することで被ったXの精神的苦痛は,財産的損害の賠償によっては償うことのできないものとして別途賠償されるべきであり,その額は100万円が相当である。
 (6) 鑑定調査費用     215万7985円
 (7) 弁護士費用          300万円
 (8) 合計        3760万9885円
5 本件建物は社会経済的な価値を有するものでないと言わざるを得ず,事実上本件建物に居住していたことをもって,本件建物に居住していた間の居住利益を損益相殺の対象とすることは許されない。
 
【解説】
1 設計監理者の重い責任
  当然ですが,基礎について異種工法を安易に混在させるべきではありません。Y及びY2が,何故このような設計変更を承認してしまったのか不可思議なところです。
  また,本件建物基礎の施工の杜撰さから考えて,Y及びY2は,ほとんど監理できていなかったと推測されます。不同沈下のような大きな瑕疵の場合には,施工者だけでなく監理者も訴訟において被告とされることが多いのですから,仮に重点監理であったとしても,基礎コンクリートの打設前には鉄筋の配筋検査くらいはすべきでしょう。
不法行為責任が発生する「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には,当該瑕疵は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当します(平成23年7月21日最高裁判決)。逆に言えば,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」が認められれば,それ相当な瑕疵ですから,損害額も高額となり,慰謝料まで認容される場合があります。不同沈下の可能性に関しては,施工者はもちろんのこと,設計監理者も,地盤の安全性の検討,基礎工法の選定,基礎工事の施工及び監理には,十分に注意が必要です。
2 取締役の第三者に対する責任について
  会社が第三者に損害を与えた場合,取締役に悪意・重過失があれば,その取締役は第三者に対して損害賠償責任を負います(会社法429条1項)。
  本判例では,設計事務所の代表者は責任を認定されませんでしたが,施工会社の代表者は責任を認定されました。
  この違いは,設計事務所の代表者は,本件建物の設計・監理に実際に関与していなかったのに対し,施工会社の代表者は,従業員数名の小さな工務店であったので,本件建物の施工に実際に関与していたことによります。施工会社が大きな会社であれば,代表者は実際には施工には関与しないので,取締役の第三者に対する責任を負わされるということはほとんど考えられないでしょう。
3 付調停について
  付調停というのは,裁判所が,その事案について,和解に適する事件であるとか,専門家の知見を必要であると考える場合に,専門家を調停委員として調停に付する(訴訟手続きから調停手続きへ変更する)ことです。
  建築訴訟においてはその専門性から付調停になることが多いのですが,その場合,裁判所は一級建築士等の専門家である調停委員の判断を概ね尊重します。本件でも,調停段階では,裁判所も調停委員の意見を尊重していたと思われますし,現に,補修費用約680万円という調停委員会案を当事者へ提示しています。
  ところが,本件では,Xがこれに応じす,裁判所鑑定に進んだところ,建替相当という鑑定結果が出たということです。
  裁判所は,この鑑定結果に基づいて調停委員会の意見を覆し,建替工事費用を損害として認めたのです。
  専門家によっては意見の分かれるような事案においては,裁判所鑑定まで進むことには大きなリスクを伴うと言えるでしょう。
4 教訓
  不同沈下のような大きな瑕疵の場合,損害額が高額となり,慰謝料まで認められる場合があります。設計や施工において重要なポイントでは,きっちりと検討・確認するべきです。特に,基礎工事は躯体を維持したままの補修工事は困難ですので,少なくとも,現場での配筋検査は実施する必要があります。また,施工者,監理者,施主は,それぞれの立場で自身のために配筋写真を撮っておくべきでしょう。
  なお,設計監理者としては,重点監理のみの契約を締結するのであれば,契約書に明確な文言でその旨を記載しておくべきです。監理報酬が低目だから重点監理であるなどという言い訳は通用しないことを肝に銘じておくべきです。

以上

 
注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。