中途解約された設計監理業務の報酬額に関する判例のご紹介(大阪地方裁判所平成24年12月5日判決)
【はじめに】
今回は,建物の設計監理業務が中途解約された場合の報酬額に関する地裁判例(大阪地方裁判所平成24年12月5日判決)のご紹介です。
建物の設計監理業務が中途解約された場合,設計者・監理者のそれまでの出来高の報酬額について,しばしば争いになることがあります。
本判例は,設計報酬と監理報酬の割合について明確な合意がなかった場合でも,設計・監理報酬の基準に関する国土交通省告示15号を参考にして,その割合を認定した興味深いものですので,ここにご紹介致します。
また,本判例は,建設工事費用を一定の金額内に収めて設計するという予算の合意があったかのかどうかという争点についても判断しており,この点でも興味深いものです。
【事案の概要】
設計事務所Xと依頼者Yとは,Yの自宅新築工事の設計・監理業務委託契約を締結した。設計報酬と監理報酬の比率に関する合意はなく,総報酬は400万円であった。契約時に想定していた工事金額は約5000万円であり,「総工事契約金額が6000万円を超える場合には,協議の上,設計・工事監理業務報酬額を見直す」という特約があった。
ところが,実施設計にて工事業者4社に見積もらせたところ,見積額は7300~7500万円であった。
Yは,見積額が高額となったことに不満を訴え,Xが減額案(キッチン等を変更し,見積額約5700万円)を提示しても全く協議に応じなくなってしまった。そこで,Xは,止むを得ず設計・監理業務委託契約を解除し,設計分の報酬残金として251万円(既払金100万円)及び遅延損害金の支払いを求めて提訴した。
【判決要旨】
1 Yは,Xに対し,既払金100万円を差し引いた204万円及び遅延損害金を支払え。
2(1) 契約時に想定されていた工事金額(約5000万円)が,XとYとの間で共通認識になっていても,Yの要望によって建設工事費は左右される。
(2) 設計・施工一貫ではなく,建築士に設計を委託する場合,完成した設計に基づいて施工者が見積もりを出して初めて具体的な建設工事費が示される。
(3) 「総工事金額が6000万円を超える場合」という文言自体,総工事費が6000万円を上回る可能性があったことを示している。
(4) 仮に絶対的な上限を6000万円とするなら,その内容を特約として設ければよかっただけのことである。
(5) したがって,Xに,予測されていた5000万円~6000万円の建設工事費内で設計する法的義務があったとは言えない。
(6) よって,XとYとの間で予算の合意があったとは認められない。
3(1) 設計報酬と監理報酬の比率に関する明確な合意がないので,国交省告示15号(延べ面積200㎡,設計73.65%,監理26.35%)を参照するのが相当である。
(2) 北側隣地との間に設置する6mの壁についての特殊な技術的検討を行っており,相当程度の技術的価値が設計業務にあるので,設計側に比重を置き,報酬の比率は,設計:監理=80:20とするのが相当である。
(3) 建築確認申請の仮受付も済ませ,減額案も示していたことから,設計業務の内95%は終了していた。
(4) よって,設計報酬は下記計算式の通り304万円であり,これから既払金100万円を控除すれば残額は204万円となる。
(計算式) 400万円×80%×95%=304万円
【解説】
1 予算の合意の有無について
Yは,Xとの間の共通認識として,建設工事費の予算は5000万円とされていたからこそ,設計監理報酬はその8%である400万円とされたのであり,また,Xは,建設工事費については6000万円を超えることはないと説明していたのだから,Xが提案したY指定のキッチン等をグレードダウンした内容の建設工事費約5700万円の減額案では,Yの要望に応える設計にはなっていないと主張していました。
仮に,この事件で予算の合意があったと認定されていたら,予算オーバーの設計では債務不履行であると認定されてしまっていた可能性があります。
しかし,裁判所は,予算の合意があったとは認定しませんでした。
これは,「総工事契約金額が6000万円を超える場合には,協議の上,設計・工事監理業務報酬額を見直す」という特約の存在が大きかったと思います。もしも,絶対的な上限を6000万円とするのであれば,「上限6000万円」と明記すればよかっただけのことですし,「総工事契約金額が6000万円を超える場合」と記載している以上,金額が6000万円を超える可能性があることを想定しているとしか考えられません。契約書に記載する文言,特に特約の文言は重要です。
2 設計報酬と監理報酬の割合について
本判決において,裁判所は,設計報酬と監理報酬の割合を,設計・監理報酬の基準に関する国交省告示15号を参考にして判断しました。同告示15号では,本物件が該当する延べ面積200㎡の場合は,設計73.65%,監理26.35%というのが,報酬割合の基準となっているところ,本件においては,北側に高さ6mの壁を設置するなどの特殊な設計をしていることから,これを設計に比重を置いて修正し,設計80%,監理20%,即ち,設計報酬320万円,監理報酬80万円と認定しました。
その上で,裁判所は,設計業務はほとんど完了しているとして,95%の出来高を認めたのです。
つまり,裁判所は,当事者間に設計報酬と監理報酬について明確な合意がなかった本件において,国交省告示15号や常識に照らして契約内容を解釈したということになります。契約書の文言はもちろん重要ですが,何も記載されていない場合でも,契約内容については何らかの参考になる基準や常識を用いて判断され得るということです。
3 教訓
2011年の東日本大震災をきっかけに始まった建設工事費の高騰は,2020年の東京オリンピックを控えて,現在も未だ続いています。このように 工事費が高騰している場合,本件のようなトラブルは容易に起こり得るところです。
設計者としては,契約時には,全ての要望を取り入れた場合,工事費が想定よりも高額となる場合があることを十分に説明しておく必要があります。また,もし見積りが高額になってしまった場合には,その見積書を漫然と直ぐに依頼者に見せるのではなく,想定金額内に収まる減額案を作成し,2種類以上の見積書を同時に依頼者に見せ,要望と建設工事費用のバランスについて十分に説明し理解してもらうというプロセスが必要になると思います。しかし,十分に説明しても,必ずしも依頼者の納得を得られるとは限りません。紛争になってしまった場合には,契約書に記載されている文言が極めて重要となります。特に,「特約」には要注意です。「特約」の文言の記載次第で,設計者に有利にも不利にもなり得ます。
また反対に,依頼者としては,設計してもらう建物について,高額になっても良いから要望を重視するのか,あるいは,予算を重視するのかをはっきりと設計者へ伝え,予算の合意をしたいのであれば,明確に契約書に記載してもらうべきです。もっとも,予算の合意をする場合には,全ての要望が叶うことはまずあり得ないということを肝に銘ずべきです。設計者と依頼者との間で,要望と建設工事費用のバランスについての認識を共有できていれば,コストパフォーマンスの高い良い設計が完成する筈です。
注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。