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建物の瑕疵についての不法行為責任に関する重要判例のご紹介(最高裁平成23年7月21日判決)

 
平成24年2月24日
弁護士 一級建築士 一級建築施工管理技士
今 堀  茂

 
【はじめに】
 昨年の平成23年7月21日,最高裁において,建物の瑕疵についての不法行為責任に関する重要な判決がありました。
 本判決は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」ある建物の設計・施工者の不法行為責任を,より認め易くなる方向性の判決です。
 今後の実務に及ぼす影響の大きい判例と考えられますので,ここに紹介致します。
 
【事案の概要】
 事案としては,共同住宅・店舗として建築された9階建ての建物(以下,「本件建物」といいます。)を建築主から買い受けた原告が,本件建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して,設計・工事監理者である一級建築士事務所と建築請負人である建設会社を被告として,不法行為に基づく損害賠償を請求した事件です。
 紹介致します本判決は,この事件の第2次上告審のものです。
 
【判決要旨】
 破棄差戻し
 第1次上告審判決にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には,当該瑕疵は,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。
 そして,建物の所有者は,自らが取得した建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,第1次上告審判決に言う特段の事情がない限り,設計・施工者等に対し,当該瑕疵の修補費用相当額の損害賠償を請求することができるものと解され,上記所有者が,当該建物を第三者に売却するなどして,その所有権を失った場合であっても,その際,修補費用相当額の填補を受けたなど特段の事情がない限り,一旦取得した損害賠償請求権を当然に失うものではない。
 
【第2次上告審に至る訴訟の経緯】
1 第一審判決(大分地裁平成15年2月24日判決)
  設計・施工者の不法行為責任を認めました。
2 第1次控訴審判決(福岡高裁平成16年12月16日判決)
  設計・施工者の不法行為責任を認めませんでした。
  建物の設計・工事監理者や建築請負人の不法行為責任については,瑕疵の内容・程度が重大で,建物の存在自体が社会的に危険な状態であるなど違法性が強度な場合に限って,これが認められるとする見解を採って,本件建物の瑕疵について,不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないと判示しました。
3 第1次上告審判決(最高裁平成19年7月6日判決)
  破棄差戻しとしました。
  建物の建築に携わる設計・施工者等は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきであって,このことは居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても,異なるところはないと判示しました。
4 第2次控訴審判決(福岡高裁平成21年2月6日判決)
  設計・施工者の不法行為責任を認めませんでした。
  「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,建物の瑕疵の中でも,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解され,被上告人らの不法行為責任が発生するためには,原告が本件建物を売却した日までに上記瑕疵が存在していたことを必要とするとした上で,上記の日までに,本件建物の瑕疵により,居住者等の生命,身体又は財産に現実的な危険が生じていないことからすると,上記の日までに本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が存在していたとは認められないと判断して,再び原告の請求を棄却すべきと判示しました。
 
【解説】
1 本判決の意義
  建物に瑕疵がある場合に,建物の所有者等は,瑕疵ある建物を設計・施工した者に対して,拡大損害が現実的に発生していない段階で,損害賠償を請求できるのかという問題に対して,第1次上告審判決は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」ある建物の設計・施工者の不法行為責任を認める判断をしました。
  しかし,この第1次上告審判決は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,いかなる瑕疵を意味するのかという問題を残していました。
  本判決は,この第1次上告審判決において残された問題について,解答を示したものと言えます。
2 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の意味
  第1次上告審判決は,設計・施工者が負うべき不法行為責任における建物の瑕疵について,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」として限定しました。
  しかし,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」について,第2次控訴審判決のように,現実的危険性,即ち,拡大損害発生の危険が時間的に迫っていることを要求したのでは,それを放置した場合に拡大損害が発生する危険があるのにも拘らず,危険が現実化するまでは,建物の瑕疵の補修費用を請求できないことになってしまいます。
  そこで,本判決は,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には,当該瑕疵は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当するとの合理的な判断をしたものと考えられます。
  また,本判決は,建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても,これを放置した場合に,例えば,外壁が落下して通行人の上に落下したり,開口部,ベランダ,階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや,漏水,有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが,建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は,これに該当しないとも判示しています。つまり,具体的に言うと,例えば,外壁のひび割れであっても,そのためにコンクリート内部の鉄筋が腐食し,外壁が剥落するようなものは,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当するということになると考えられます。
3 転売等に関する問題
  さらに,本判決は,建物の所有者は,自らが取得した建物に「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」がある場合には,第1次上告審判決に言う特段の事情がない限り,設計・施工者等に対し,(拡大損害だけでなく)当該瑕疵の修補費用相当額の損害賠償を請求することができるものと解され,上記所有者が,当該建物を第三者に売却するなどして,その所有権を失った場合であっても,その際,修補費用相当額の填補を受けたなど特段の事情がない限り,一旦取得した損害賠償請求権を当然に失うものではないとも判示しています。
  この判示からすると,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の存在を知らずに建物を取得した所有者は,不法行為に基づく損害賠償請求権を取得するが,当該所有者が,これを「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の存在しない建物として転売した場合には,損害を填補されたと評価できるので,もはや不法行為に基づく損害賠償請求権を喪失し,転得者が不法行為に基づく損害賠償請求権を取得することになるが,逆に,当該建物を「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の存在を前提に売却した場合には,転得者は,不法行為に基づく損害賠償請求権を取得しない一方で,前所有者は一旦取得した損害賠償請求権を喪失しないということになると考えられます。
  本件の原告は,競売によって本件建物の所有権を失っているのですが,その際,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の存在を前提として競売されていることは明らかですので,原告は,不法行為に基づく損害賠償請求権を喪失していないということになるのでしょう。
4 第3次控訴審判決
  その後,第3次控訴審の判決がありました。
  今のところ,あまり情報がなく,判決文も入手できていませんし,上告されたのかも分かりませんが,請求金額の1割程度を認めた,一部認容判決のようです。
  「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」は認めるが,注意義務違反の程度が低いと判断されたのかも知れません。
  第3次控訴審の判決文を入手できましたら,また,このホームページで紹介させて戴きたいと思います。
 
注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも私見です。