元検事の事件回顧録(その3)
~検事として,初めての逮捕事件~
第1回 プロローグ
1 今回ご紹介する事件は,新任明け勤務の地方の小地検において,長期未済の送付在宅事件について,次席検事の指導の下で,先輩検事の応援を受けながら,主任として初めての捜索差押えを行った上,5名を逮捕して起訴した詐欺未遂罪等事件です。
本件は,所轄警察署から在宅で送られてきた送付事件(告訴事件)で,警察の処分意見は「しかるべき」となっていました。警察がこの意見を付けてくるときは,起訴するには難しい証拠関係で,嫌疑不十分による不起訴でも構わないことを警察が了解しているという事件です。この手の事件は,配点された検事が,難件であることからなかなか捜査に手を付けず,処分まで長期化し,長期未済事件(事件受理後6か月以上経過している事件)になりがちで,本件も例に漏れず,前任先輩検事からの引き継ぎ事件で,長期未済事件となっていました。
2 本件は,悪質な金融業者ら被告訴人一味が,策を弄して,被害者である人妻を誘惑し,仲間の一人が情交関係を結んだ後,架空の債務をでっち上げたり,同女の夫である告訴人が所有する不動産に不実の抵当権設定登記をするなどして,これをネタにして金員を出させようとした詐欺未遂事案です。
具体的には,告訴人の妻である被害者が性的不満を持っていたことにかこつけて,主犯格の被告訴人Iと,被告訴人Yが被害者を泊まりがけの旅行に誘って色仕掛けをした結果,被害者はYと男女関係を継続する間柄になりました。
この関係を利用して,金融業者夫婦を含む被告訴人らが共謀して,Yが交通事故を起こしたこともないのに事故を起こして多額の債務を負っているので助けてやって欲しいなどと言って,架空の債務があると被害者を信用させて同情をかい,債務の返済をするため借金をするとして,夫である告訴人の実印と印鑑証明書とを持ち出させて,委任状などを偽造し,告訴人所有名義の不動産(時価5000万円の田畑)に,一番抵当権と二番抵当権を付けた後,これを告訴人に示して,告訴人からお金を出させようとしたのです。
この時点で告訴人が被害届を出したため,抵当権設定がなされただけで,本件が発覚し,詐欺が未遂となったというのが事件の概要です。しかし,被告訴人らは,犯行後徹底的に証拠隠滅を図ったため,告訴を受けた警察官が消極意見を付して送付せざるを得ない状況でした。
第2回 初めての強制捜査・捜索差押え
1 当時の私にとって,本件は記録を何回検討してもピンとこない事件でした。被告訴人5名の供述は否認でしたが,供述内容はほぼ一致しており,告訴人の妻だけが違う供述をしていました。そして,告訴人の妻の供述の方が合理性があり,証拠物として送られてきた録音テープの内容に合致しているものでした。
しかし,このままでは,起訴するに足る証拠が十分ではなく,一方,被告訴人たちの供述には不自然なものが多々あり,真相を解明することが検事の使命であると思ったので,次席検事と捜査の方針について協議を行いました。その結果,重要な証拠の存否を確認するため,一度,関係者の自宅等を捜索することになりました。
2 当時,私は検事3年生でしたから,その時まで自分で強制捜査をしたことがなく,捜索差押許可状の請求手続もしたことがなかったので,次席検事からいろんなサンプルを見せて貰い,捜索差押許可請求書と疎明資料としての報告書を起案しました。そして,それを次席検事に見て貰い,添削を受け,決裁を受ける等,次席検事の指導の下で捜索差押許可状の発付を受け,捜索を実施しました。
何カ所も捜索をするとなると,多くの捜査員を必要とすることから,小規模の検察庁では,刑事事務課が主体となり,総務課や会計課からも検察事務官の応援をして貰い,検事4名,副検事2名,検察事務官16名の協力を得て,関係5カ所の捜索を実施しました。
3 捜索の段取りというものも,この時覚えました。捜索場所は何カ所か,それぞれの捜索場所に捜査員が何名必要か,捜索場所について,倉庫や別棟の建物がないか,車を所有している場合は,車の中に物を隠してないか,差押目的物は,各所で共通するもののほか,特定の場所で特別に差し押さえる物はないか,差押目的物は具体的に書かれているか,漏れはないか,各捜索場所の責任者は誰にするか,捜索参加者に対するレクチャー(事件説明と各捜索場所において捜索するべきものの説明)は,何時するか,レクチャーの時の資料はどうするか。
このように,捜索を実施するにあたっては様々な事項を検討し,準備しなければなりません。当日,着手したらその旨を捜査本部に連絡して貰うようにする,何か問題が生じたら直ちに捜査本部に連絡をする等,いろいろな注意が必要だということが分かりました。
そのほかにも,本人がいない場合はどうするか,近くの消防署の職員に立ち会いを求められるか,金庫等の鍵を開けるための鍵屋の手配,捜索に着手したらその場にいる者は退出を禁止し,捜索中に捜索場所には原則として他人を立ち入らせない,電話を借りたら代金を払う(当時携帯電話はありませんでした。),よそから電話が架かってきたら「現在取り込み中」ということで家人に電話を取らせないといったことも,この時に覚えました。
今では皆携帯電話を持っていますから,携帯電話で本部に連絡できますが,当時はそのようなものがなかったので,捜索先に設置してある先方の電話を借りて電話代10円を渡しました。現在では,反対に,捜索場所にいる人間の携帯する電話を一時預かるようなことをして,証拠隠滅をさせないようにする必要があると思います。
第3回 捜索での失敗
1 この捜索の過程で私はひとつ失敗をしました。私が責任者として捜索を実施した場所で発生したことです。
後で分かったことですが,被告訴人の一人である金融業者は,二番抵当権の権利者ではないのに,その登記済権利証書を肌身離さず腹巻きの中に入れて隠していたようです。ところが,捜索に行ったとき,たまたまそれを腹巻きに入れていなかったことから,捜査員が立ち入ったときに慌ててズボンの裾に入れて,靴下で挟んで隠しました。捜査官も流石にズボンまで脱がすことが出来ず,隠されてしまいました。
そして,捜索の最中に,その被告訴人は隙を見て便所に行き,便所の窓からその権利証を投げ捨てたのです。捜索終了後,その被告訴人は便所の窓から捨てた権利証書を拾って,再度家に持ち込みました。
2 捜査員の近くにあった重要証拠物が逃げていき,差押えの目的物が捜索場所にあったのにこれを差し押さえることができなかったのです。これを「ガサ漏れ」と言います。
相手が真剣になって隠そうとすれば,なかなか捜索も思うように行かないこともあります。したがって,あらゆる事態を想定して,念入りに準備を行い,ガサ漏れを防ぐ手立てを講じなければなりません。
第4回 弁護士秘匿特権
1 登記済権利証書は,その後,ある法律上の問題を提供しました。被告訴人の金融業者を逮捕して自供を得たことで分かったのですが,この権利証書がその後,被告訴人から弁護士の手に渡っていたのです。そこでその弁護士に対して権利証書の任意提出を求めたところ,その弁護士は,依頼者から受け取った物は依頼者との信頼関係があるので,勝手に任意提出することは出来ないと言って提出を拒否したのです。
さて,こんなときどうするかについて考えてみて下さい。
2 刑事訴訟法105条は押収と業務上の秘密の規定であり,弁護士等の職に在る者は,業務上委託を受けたため,保管し,又は所持する物で他人の秘密に関するものについては,押収を拒むことができる旨定めています。つまり,令状を得ても,このような場合には任意提出を拒否されることがあるのです。
では押収は絶対出来ないのかというとそうではなく,同条には但書があり,「但し,本人が承諾した場合,押収の拒絶が被告人のためにのみする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める場合はこの限りでない。」と定めています。
ですから弁護士は,令状による押収を拒否することはできますが,本人が押収を承諾した場合は,拒めないことになっています。
本件では,逮捕後被告訴人が自白して反省し,証拠物のありかを明らかにしていたことから,被告訴人から押収についての承諾を得てこれを調書に取ることで,105条の要件を整えることが出来ました。もし,否認をしている場合で,被告訴人本人が弁護士に預けていたときでしたら,押収は出来なかったかもしれません。
3 ところで,弁護士秘匿特権という言葉をご存知でしょうか。最近,ある研究会に出席して私も知ったのですが,弁護士とその依頼者のコミュニケーションの秘密が保持されることを,その依頼者が,その弁護士を含む第三者に要求できる権利のことです。
具体的には,依頼者と弁護士との間のコミュニケーションを検察・警察は,差押,捜査,検証の対象とすることは出来ず,行政機関もこれを強制検査の対象にせず,民事事件についても原則として強制的証拠手続の対象としないということです。
日本ではこの制度は法制化されていませんが,英米,欧州諸国では,依頼者にこの権利が認められ,弁護人と依頼者間の秘密が保護され,他の法益より優先することが認められています。刑事訴訟法105条は弁護士秘匿特権を直接定めたものではありませんが,その趣旨が一部認められた規定であるといえます。
第5回 同期の弁護士,裁判官
1 本件では,裁判所は,捜索差押許可状ではなく,登記済権利証書の差押許可状のみを出したのですが,検察事務官が弁護士事務所へ赴き,令状を示したところ,弁護士も,差押えについて本人の承諾があるということで,めでたく重要証拠物を入手することが出来ました。
2 ところで,その弁護士というのは,当時弁護士3年生で,私と同期でした。私は彼に対し,任意提出を拒まれた際,「出してくれんかったら,事務所をガサするぞ」と迫りましたが,彼はこれに応じませんでした。今から思うと,若いのにしっかりした弁護士だったなあと思います。
令状を発付した担当裁判官も私と同期であり,私が,捜索差押許可状の請求書を出したところ,「検察官は,その権利書があるだけで良いんでしょ。事務所に権利書があるということだけを疎明して下さい。」といって,捜索許可状は出してくれませんでした。つまり,「差し押さえるべき物」が特定しているのなら,その物の差押えのみを許可します。弁護士事務所の捜索は必要性がないでしょう,ということでした。
3 実は,私たち三人は以前一緒に食事をしたことがあり,親しくしている間柄でしたが,仕事上は,二人ともきちっとしていました。私の方が知り合いであることを利用して,安易に,捜索すると迫って弁護士から証拠物を提出させようとしていたことを,後に恥じた次第です。
第6回 被疑者らの逮捕へ
1 話は,強制捜査後に戻ります。捜索の結果,証拠物を検討したところ決定的な証拠物は発見されませんでした。しかし,被告訴人の中でも主犯であると思われるIの自宅から,第二抵当権の設定に関する登記請求についての司法書士に対する手数料を支払った領収書が出てきて押収できました。Iは,二番抵当権の設定には一切関与してないと供述していました。
私は,捜索後に行われた捜査会議で,被告訴人全員が全面的否認をしている事件について,この小骨一本の証拠では,身柄を逮捕する強制捜査に躊躇を覚えたため,消極意見を出しました。ところが,ある副検事が,「川端検事やりましょう。」といってくれたので,それじゃやろうかという気持ちになりました。
ところが,次席検事は,この小骨は大変重要な証拠であり,逮捕して捜査を続けるに十分であるとの確信を持たれ,「この事件はやる。しかし,別に,君が主任でなくても構わない。」とまで言われてしまいました。
2 主任検事が一旦消極意見を言うと,その考え方について上司から疑問や不信感を持たれることの辛さが,身に浸みた事件でもありました。この辛さを味合わないためにも,主任検事は,自信と信念を持って事件に臨み,きちっとした証拠の分析,事件の筋読みをしなければならないことを学びました。
後で分かりましたが,この被告訴人のIが,一番悪で,全てを仕切っており,仕切っていたからこそ,何も供述をしていない二番抵当権設定登記の手数料の支払をしたとの領収書がIの自宅から出てきたというわけです。捜索の結果は,小骨ではなく大骨の証拠であったわけです。
3 その後私は,主任検事として,強制捜査の準備を進めました。今度は,逮捕状請求書の書き方,疎明資料の報告書作成の準備などをし,何人逮捕するのか,逮捕の前に任意同行をするのか,取調べをしてから逮捕状を執行するのか,逮捕の際の所持品の押収方法や押収に際しての配慮等々,いろいろ勉強になりました。結局,告訴されていたIとYと金貸し夫婦ともう一人の共犯の合計5名を逮捕することにしました。
Iを逮捕する際は,あらかじめ逮捕状を請求しておき,その発付を得た上で,まずは任意の取調べをするということで検察庁へ呼び出しました。Iは,従前通りの否認をし,他の4名の被告訴人も否認でしたので,次席に報告して,了解を得て,5人全員を逮捕することになりました。
4 被疑者を逮捕するにあたり,私にとっては人生初めての逮捕でしたので,どのように言おうかといろいろ考えましたが,「裁判所から逮捕状が出ていますので,これを見て下さい。」と言って,机の引出しから逮捕状を出して示しました。 被告訴人Iは,警察官では十分嘘が通ったのに何でという感じで,びっくりした様子でしたが,前に警察に逮捕された前科もありましたので,すぐ落ち着きを取り戻しました。
逮捕する前の時点ですでに昼食時になっていたので,「自分で費用を出してもらわなあきませんが,出前を取りますよ。」と言いましたが,取調中は「要りません。」と言っていました。ところが,逮捕し,その後,弁解録取書をとり,所持品の検査などをしているときに,「検事さん飯を頼んでもらえませんか。」と被疑者の方から言ってきました。収監されたら夜まで食事をすることが出来ないと分かり,頼んできたのです。
第7回 否認から自白へ
1 被告訴人5名のうち,4名は,先輩検事2名と後輩の検事,応援の副検事が調べてくれ,それぞれ,2,3日の間に,ぼつぼつと自白を始めましたが,主犯格であるIは,否認のままの状態が続きました。主犯が自白しないと,なかなか事件の真相は,解明できないものなのです。
Iは,私が取調べを担当し,F刑務所に収監しました。私は毎日,夕方刑務所に通い,9時頃まで取調べをしました。客観的証拠を示し,供述内容との矛盾を追及し,他の自白している共犯者の供述との食い違いを指摘し,事件のからくりが見えている旨説得し,否認していることの不利な状況を説明し,真実を話すよう説得を繰り返す毎日でした。
2 敵に「勝」つために,刑務所近くの食堂で,副検事さんらとソース「カツ」丼を何回か食べました。それまで,カツ丼とは,トンカツを卵でとじたものが丼になっているものとばかり思っていましたので,最初出てきた時は,頼んだものと違うものが出てきたのかと思いました。トンカツに少し甘めの黒っぽい酸っぱい目のソースがかかっているもので,びっくりしました。
他の被告訴人は順次自白していきましたが,私は,カツ丼を食べたものの,調べていた主犯格の被告訴人Iだけが否認で,なかなか思うように事実を解明できず,困った状態になりました。
3 ところが,連日取調べを続けた結果,勾留延長後の17日目になり,土曜日の夜に一人で調べている時に,Iが自白を始めました。この週末は,立会事務官が刑事事務課の慰安旅行があるというので,私が一人で調べに行っていたのです。
私が,「主犯は,君であり,君の指示により共犯者が動いている。」,「君しかこの事件の中心になる人物はいない。共犯者もそれを認めている。」,「事実は事実として,認めざるを得ないんじゃないか。」というように説得していました。
どの言葉が効いたのか,どの追及が効いたのか分かりませんが,何かの拍子に,Iの「そや,うらが,やれ言うたんや。」という一言から自白が始まりました。「うら」というのは自分のことです。
何かがきっかけで否認を続けることを諦めたのだと思いますが,何が直接のきっかけになったのか,未だに分かりません。当時は,若輩の検事でしたので自白に至った理由を聞き漏らしていましたが,否認から自白あるいは重要事実についての供述の変遷があった場合などには,必ずその理由を尋ね,変遷理由を証拠化しておくことは当然必要なことでした。
Iは,告訴人の妻を籠絡して不動産の権利証書と印鑑を持ち出させて,白紙委任状を勝手に作成して,不動産に不実の抵当権を設定し,告訴人から金を騙し取ろうとしたことについて,自分がやれと言ったのだ,という共謀を認め,供述し始めたのです。
4 そこですぐに自白調書を取ろうと思ったのですが,私は字がへたくそで,供述調書用紙に字を書くことにも慣れていませんし,字をよく間違って書いたりもするので,なかなか調書の作成が進みませんでした。
自白し始めたのが午後10時ころですから,夜も更け,時間的に遅く,日が変わる可能性がありました。そうなると供述の信用性の問題もあると思ったので,私は「分かった。間違いないんやな。」と確認して,「明日,朝から調書を取りに来る。」と言って,この日に調書を取るのを止めました。
後から考えると,翌日気が変わって否認する場合もあるのですから,せめて1枚か2枚でも,簡単な内容の自白調書を作成しておくか,本人に被疑事実を自認する上申書の作成を求めるべきであったと反省しました。
5 翌日の日曜日の朝9時ころ検察庁に出勤して,一人で刑務所に行こうと思って宿直室の前を通ったら,宿直をしていたベテランの事務官が「調べですか。」と聞かれたので,私が「はい。昨日の夜しゃべり始めましたので,自白調書を取りに行くのです。」と言いました。すると,その事務官もこの事件のことが新聞に出ていて,被告訴人が否認していたことを知っていたようで,「えっ。自白した?一人で調書取るのですか?」と言ってびっくりし,「そらいけませんわ。私,行きますわ。」と言ってくれました。そして私と一緒に刑務所へ行ってくれ,私の口授を調書にすらすらと記載してくれ,自白調書が完成しました。
ベテラン事務官は,新米検事が自筆で調書を作成することの労力を省くためと,任意性を確保することも考えて志願して立会をしてくれたと思うのですが,新米検事が,ベテラン事務官に助けて貰った典型例で,未だにこの時のことを感謝しています。
第8回 エピローグ
1 次席検事から,「検事正が,この事件の主任を君のままにしとくということや。」と言われたのは,勾留延長の直前の時期ことでした。次席としては,地方の検察庁で,独自捜査で,5人を逮捕し,マンツーマンで調べをするのに,主任の私が末席検事で,先輩検事2,3人を応援に付けることになるから,末席では荷が重く,やりにくいだろうということと,全庁を挙げてやる事件について末席の新任明け検事を主任にして,失敗があってはいけないとういことを配慮したと,後で聞きました。上手くいって良かった,良かったでした。
2 この事件ではもう一つオチがありました。自白したことで,勾留中起訴としましたが,法廷では否認し始めたことから,被告人側が出した保釈請求がしばらくの間認められませんでした。しかし,2,3ヶ月後に,審理が進展し,ようやく関係者との面接を禁止するという条件付きで,被告人に対する保釈が許可されました。
しかし,以前から綿密な謀議を行い証拠隠滅工作も色々していた被告人でしたから,保釈条件違反をする可能性が大変高かったので,私は警察に対して行動確認をするようにお願いしておきました。その結果,案の定,被告人が,接触を禁止されている関係者との接触を図っている事実が確認出来ました。
保釈条件違反が明確になったため,その条件違反の裏付け捜査をしてから,裁判所に対して,保釈取消請求をしました。裁判所はこれを認容し,保釈を取消して,勾留状により,被告人を刑務所に収監することになりました。
3 ところがこれを知った被告人は,知り合いの医師が経営する病院に急遽入院しました。入院が収監を逃れるためであることが窺われたので,病状を確認し,詐病であれば収監することにし,立会事務官が検務課職員らと病院に行きました。被告人の収監に行きましたところ,最高位血圧190という高血圧による面会謝絶の札がかけられているとのことでした。
主治医と連絡が取れない状態であるということで役所で待機していた私に,「どうしましょうか。」との連絡がありました。急に高血圧になるはずがなく,保釈中は通常の生活をしていたとの裏付け証拠もあり,健康体で,保釈取消しの執行を受けたくないがための詐病であろう可能性が高いものの,面会謝絶の札が出されたことから,次席検事の指示を受けに行きました。
次席から「君はどう思うのか」と聞かれたので,「詐病だと思いますが,面会謝絶ですから。」と返答しました。次席は,「病気は嘘に決まってるやないか。」と言いました。私もそうだとは思いましたが,もし本当に病気で,強制的な執行行為をして病状が悪くなったら国家賠償ものであるとも思い,どうしようかと,本当に迷いました。
4 そこで,立会事務官に被告人と面会して様子を見て欲しいと指示したところ,特に病気らしいところはないようだとのことでしたので,主任検事である私は,最終的に決断をし,強制的に収監することを指揮しました。検察事務官は,ベッドの上で布団,毛布にくるまっていた被告訴人Iに対して,布団,毛布をまくり上げて身柄を拘束し,刑務所へ連行しました。
その結果,やはり被告人は健康体で何も問題はなく,無事収監できました。この時は,本当に迷い,次席の嘘を見抜く経験の力に感心しました。同時に,無事収監できて何もなくて良かったという気持ちの中で,被告人を匿った医師の責任を追及する捜査を忘れてしまった,私の捜査の甘さが残りました。
5 今では,自分の事件で,初めての強制捜査をしたということの思い出ともに,この捜査の際に,F刑務所近くで何回か食べた,ソースカツ丼のソースの酸っぱさが懐かしく思い出されます。