元検事の事件回顧録(その1)
~ある社会福祉法人の設立を巡る現職町長に対する贈収賄事件捜査~
第1回
1 はじめに
検事というものは,過去に自分自身が担当して捜査した事件のことをよく覚えているものです。検事であった私が,実際,過去に主任検事として担当した事件捜査の一端をご紹介します。刑事事件の捜査方法の在り方や自白獲得の方法についてお話ししますが,ただ,事件関係者にご迷惑がかからないよう,実名や犯罪地は伏せることにします。
この事件の端緒は, 私が検事6年目の頃,A地方検察庁B支部に告訴されてきた手形パクリ事件があり,Sという被疑者について捜査をしていたところ,このSについて,B警察署が町長Tに対する400万円の贈収賄事件の内偵捜査していたことが判明し,検警が協力して,現職町長らを逮捕・起訴した事件です。
2 捜査の端緒
A地検B支部で勤務していた昭和○○年9月ころ,被疑者Sに対する券面額2000万円の約束手形のパクリ事件が検察庁B支部に告訴されてきたことから,主任検事の私が一人で捜査をしていました。手形パクリ事件がどういうものであるかは,また,後でお話しします。
この手形パクリの事件の捜査を進めている最中の11月1日,新聞朝刊に,B県警が,社会福祉法人(特別養護老人ホーム)の理事長Sが施設整備補助金1億数千万円を保管中,これを使い込んでいるとの情報により銀行捜査などをしており,理事長Sと町長Tとの間に黒い噂があるとの観点から多額の複雑な業務上横領事件とその背後に汚職事件があると睨んでいる旨の記事が掲載されました。
そこで私は,早速,警察における事件の捜査状況を尋ねることにし,B警察署刑事課の二課長に連絡し,私の調室に来て貰いました。
警察では,この業務上横領事件をきっかけとして,「Mメモ」(これは後で説明します。)という文書があることから,現職町長に対して汚職事件で検挙することを狙っており,その身柄を確保するために,業務上横領事件について捜査を進めているものの,事案が多数回に亘る複雑,難解な事案で捜査は進まず,難儀しているとのことでした。
そこで,私は,二課長に対して,当検察庁にはその理事長に対する直告詐欺事件があって,現在これを捜査中であり,逮捕して身柄を確保できる可能性があって,将来の捜査方法も検討しなければならないので,Sに対する捜査を合同でやらないか,その前提として,その業務上横領事件の証拠資料を全て検討させて欲しいと言ったところ,二課長は,是非一緒にやりたいとのことで,合同捜査本部を設置することになりました。
3 手形パクリ事件とは
手形パクリ事件というのは2通りあります。まず,会社の資金繰りに窮していて,お金の融通を受けたいと思っているが,担保がないことなどのことから銀行が融資の相手にしてくれないような,資金繰りに窮した事業経営者に対して,約束手形を割り引く意思もその能力もないのに,充分信用があって割引する能力があり,割引金を渡すように装って,経営者から約束手形を騙し取って逃げる詐欺型があります。
それから,手形割引をする気持ちがあって,約束手形を預かり,保管していたが,その後,事情が変わり,資金に窮する状況になり,預かっていた約束手形を自分のものとして割引に出し,割引金を取り込む横領型があります。
これら資金繰りに関して約束手形を不法に入手することを「手形パクリ」といいます。古い本ですが,高木彬光著「白昼の死角」という小説がこの手形パクリを題材におもしろい小説を書いています。
4 捜査の経過
警察と合同捜査本部を設置することになり,当初は,当庁の手形パクリ事件を突破口にして被疑者Sを逮捕し,その後は,警察の資料による1億円に上る業務上横領事件に関して身柄事件として捜査を行い,追起訴を繰り返し,その間に,贈収賄事件の証拠資料を集めて,最後に,現職町長を収賄罪で逮捕して行くとの捜査予定を組みました。
私は,手形パクリ事件の捜査を進め,その経過を,逐次,A地検B支部長検事に報告していました。警察からは,上記多額の業務上横領事件の記録を順次送ってもらい,その検討をしつつ,適宜,補充捜査の指示や指摘をし,実質的に共同捜査を開始しました。このように両事件を並行して行い,約1ヶ月でSに対する逮捕状を請求できるような状況まで捜査が煮詰まりました。
しかし,この時点で一つ問題が生じました。A地検本庁としては,1億数千万円という多額の業務上横領事件と現職町長を贈収賄事件で逮捕する可能性のある大変大きな重要事件をB支部だけに任せて良いか,それも未だ経験が十分でない検事を主任検事にして,応援検事はいるのか,捜査態勢に問題はないか,ということがA地検幹部から指摘されました。
確かに,この時点で私は,検事6年目でしたが,日常の捜査に多忙を極めており,贈収賄の関係者からは未だ何も事情聴取しておらず,先行きがどうなるか分からない事件でした。
当時,B支部は,在宅事件を検事一人で一月に約70件から80件の事件を処理しなければならない,いわゆる繁忙庁である上,支部長以下検事5名体制で,この捜査に専従できるのは,どう無理をしても,検事2名と副検事1名でした。検察庁としては,重要事件であるし,失敗する訳にはいかない事件でしたから,本庁の私より10年先輩の刑事部の筆頭検事を主任検事として,B支部に送り込もうかとのことでした。
私としては,組織上のことですから仕方がないので,そうなれば,応援検事として,がんばろうという気持ちになっていました。
ところが,B県警の方が,どうしてもB地区でやりたい,事件関係者が全てB地区であるからB警察署に帳場をおいてしか捜査は円滑にできないし,これまで一緒に協議し捜査をしてきたB支部の検事と一緒にやりたいと強く主張しました。
私が知らないうちに,A警察本部の幹部が直接検察庁本庁に赴いて刑事部長,次席検事に頑強に主張したことから,どういう経緯があったのか私は知りませんが,最終的に,B支部でやること,私が主任として捜査を進めること,本庁から検事1名,副検事1名を応援に出してくれることが決まりました。私としては,大変ラッキーな話でしたが,反面,また,緊張感が高まりました。
第2回
5 共同捜査の開始
捜査が煮詰まった時点で,まず,私が実施した捜査結果である手形パクリ事件の告訴状,被疑事実,身上関係資料,参考人調書,被疑者調書,銀行に対する照会事項回答書等の捜査資料の謄本を作成して,これを警察に渡しました。
警察は,B警察署刑事課に合同捜査本部を設置し,A警察本部のこの種事件の専門の警察官がここに詰めました。警察は,これらを疎明資料として,被疑者Sに対する手形パクリ事件の逮捕状をA裁判所B支部に請求して,被疑者Sに対する逮捕状が発付されました。そして,警察は,同年11月15日,被疑者Sを逮捕して身柄付きで事件をB支部に送致してきました。
送致書の表紙と目次,通常逮捕手続書,被疑者Sの弁解録取書は,警察官作成のものでしたが,その他の証拠資料は,全て私が警察に渡した調書,報告書類の謄本でした。
検察官が捜査して収集した証拠を資料として,警察が強制捜査を開始した特異な事件の展開でした。この手形パクリ事件は,証拠の堅い事件だとは思ったのですが,被疑者は,約束手形を受け取った当時,薬物を多く飲んでいたことからボーとしていてよく覚えていないとの弁解をし始め,捜査は少し難航し,詐欺か横領かという問題も生じました。
被疑者Sの勾留を延長して,警察は多くの裏付け捜査を行い,一方,私の方は警察から預かった業務上横領事件の資料を綿密に調査して,被疑者に対する第1回目の業務上横領事件の逮捕状の送致事実をどの事実にするかについて検討し,比較的立証が容易な数回の合計約2000万円の業務上横領を送致事実とするように,警察を指導しました。
昭和○○年12月6日手形パクリ事件の勾留延長満期の日,Sを,結局は横領罪で起訴し,同日,警察は,約2000万円の業務上横領を被疑事実として,Sを再逮捕しました。この業務上横領事件の捜査を進めるについては,勾留事実の他の多数の余罪の業務上横領事件について取り調べることのほかに重要な余罪である贈賄事件でについての調べもすることにしました。
別件で身柄を確保しているときに,その事実以外の余罪に関して,その勾留期間を利用して,被疑者了解の下,いかに適切に取調べをするかというのも,重要な捜査の進め方です。これは違法とされている別件逮捕とは異なります。
違法な別件逮捕というのは,いまだ証拠がほとんどない重要な本件事件の取調べをする目的で,起訴できそうもないような小さな別件の事件で被疑者を逮捕・勾留して,その身柄拘束期間を利用して,主に,本件である重要な事件についてばかり取調べを行う捜査のことで,違法であり,やってはいけないこととされています。
例えば,証拠資料がほとんどなく,犯人らしいとの噂だけで,殺人事件の捜査を開始し,起訴できそうにない少額の無銭飲食や万引き又は,本件とは関連しない軽い事件で被疑者を逮捕し,その身柄拘束期間を,専ら重要な殺人事件の取調べにばかりに利用するような場合のことで,このような捜査は違法で,許されません。十分注意する要があります。
しかし,本件のように,十分公判請求起訴できるだけの業務上横領事件の余罪が多くあって,勾留事実との関連や余罪の業務上横領事実についての取調べをする合間に,余罪である贈賄事件について,任意に,取調べをすることは何の問題もありません。
むしろ,勾留期間中に勾留事実だけしか取り調べられないこととすると,捜査が非効率となり,また身柄拘束の蒸し返しがなされることになり,多くの被疑事実がある被疑者にとっては,かえって身柄拘束期間が長くなるので,被疑者に不利益であると考えられ,勾留事実以外の余罪事実について取り調べることは,適法であると考えられているのです。
捜査の方法は,業務上横領事件の捜査をしている間に,身柄を拘束しているSに対して町長に対する贈賄について,取調をすることです。本件のような贈収賄事件や公職選挙法違反の供与・受供与事犯等,主観的違法要素の立証を要する事件,つまり犯人が,どのような気持ちで犯罪を犯したかを立証しなければならない事件については,被疑者の自白がない限り,一切,事案の真相の解明ができないのです。当事者である犯人の自白がないと,贈収賄事実があったか,無かったかが分からないのです。
それで,本件では,贈賄事件に関する自白を得て,事件の真相を解明しなければならないため,警察官,検察官が,身柄拘束中の被疑者Sの取調べを行う必要があったのです。
この業務上横領事件は件数が多く,裏付け捜査も手間がかかり,勾留を延長して勾留20日満期の12月27日に捜査を遂げ,公判請求起訴をしました。
第3回
6 贈賄事件の取調べ方法
さて,「Mメモ」について説明します。Sが経営するS技研株式会社の専務取締役のMが,Sから指示されて,メモを書き,これを町長に見せに行ったことがあるというMの供述があり,その「Mメモ」の内容は
昭和○○年度町長T立替金明細
昭和○.○.○○ 町長T渡し 現金400万円
各種会合の接待費 合計149万円
黒檀の茶棚
300万円
黒檀の座机
200万円
弁護士に対する報酬の代払い
200万円
等合計 1249万円
というものでした。私は,Mメモをちらつかせながら,横領罪の取調べの合間に,ちょくちょく,Sに対し町長に対する400万円の贈賄罪の取調べをしたのですが,Sは全く反応を示さないのです。Sは,「やってないものはやってない。それを,やったといったら嘘になる。嘘を言えば,相手に迷惑がかかる。嘘は言えない。」という弁解方式でしか話をしませんでした。
しかし,Sは,根がまじめな男で,困ったときに,困った顔をして,下を向いてしまうのです。私は,贈収賄事件は,必ず行われた。真相は絶対解明しなければならない。それは,検察官の果たすべき職務だ。Sは,割れる,自白する,と思いました。
その捜査方法として,暮れと正月の時期を取調べに利用しようと思いました。大晦日と元旦の,Sが,しんみりした時の心理状態を狙おうと思ったのです。
12月27日が第2回目の業務上横領事件の起訴でしたから,御用納めの28日は取調べをせず休みにして,役所の御用納めの行事に参加しました。29日は,立会事務官を連れてB警察署に業務上横領の余罪の取調と共に,贈賄事件の取調べに行きました。そして,30日からは,立会事務官も年末休暇で休ませ,私一人で警察署の留置場へ取調べに行きました。
30日は,昼間,午後2時ころから2時間くらい,業務上横領事件の捜査をし,贈賄事件のことも聞きましたが,Sは,「やってないものはやってない。それを,やったといったら嘘になる。嘘は言えない。」という弁解をするだけでした。
31日は,午後6時から警察で被疑者の取調べを始めました。B警察署も年末で,合同捜査本部の警察官は全員休んでおり,B警察署の所轄の警察官が,交替で暮れ,正月に出勤し,日宿直を担当することになっており,この日も当番の警察官が勤務をしていました。
私が,B警察署へ行って「B支部の検事ですが,取調べをするのでSを出してくれませんか。」といったところ,宿直担当の警察官は,「そんなこと聞いていませんが。」というので,「取り調べることは,担当の本部の人に言っていないのですが,どうしても必要があるのでお願いします。」というと,その警察官は,了解して,私を調べ室に案内してくれ,被疑者Sを連れてきてくれました。
検察官の取調べが出来ていない業務上横領の事実を一件分聞き,それから,やおら贈賄のことを聞いたのです。「町長にお金を渡したことが記載されているMメモは,事実じゃないんですか。」と聞くと,相手は,迷惑そうな顔をして,下を向きました。
しかし,取調官というものは,返事がなくても,同じことを何度も聞きます。一つの質問に対する答えが,2分から3分かかり,待って,答えを聞くのも我慢です。「Mメモが出来た理由も分かっています。きちっと400万円と書いてある。どうなんですか。」と,何度も聞きました。でも,だめでした。
Sには,何か言えない理由があるのです。相当な理由が。本当のことが言えない理由は何か,その対策はどうすれば良いのか。「今後どうするか一緒に考えようやないか。何時か,言わなければならない時期が,必ず来る。今が潮時や。今年の言い納めにしたらどうや。Mは,あんたが言ったとおりメモに書いたと言ってる。どうやな。」というように繰り返すのですが,例の弁解方式を出されるだけでした。
そこで午後9時ころになって,「今日は何月何日か分かるやろ。世間では,今,何がされてると思う?」と聞くと,黙って下を向いてしまいました。さらに,何度も聞くとSは「紅白歌合戦です。」と答えてきました。そして,Sは「検事さんは,京都へ帰られないんですか?」と聞いてきました。
それまで私は長期間,Sに対する取調べをしていますから,その間に,私には家族があることや実家が京都にあることを何度か話をしていたのです。「そや,帰らん。家族は帰した。今ここにいるということは,帰ってへんちゅうこっちゃ。何で,帰らへんと思う?」と聞くと,Sは,また,下を向いて,黙ってしまいました。
「僕はねえ,本当のことが知りたいんや。そやから,あんたから本当のこと聞くために,ここにいるんや。本当のことを聞くまで帰れへんのや。」と言いました。相手は,又,下を向いて黙ってしまいました。次に顔を上げたとき,正直なSの顔は,申し訳ありませんという言葉が顔に書いてあるような顔つきに見えました。もう話す。もう話すと思いながら期待して,相手の答えが出るのを待つのですが,時間は経過するばかりでした。
しかし,この繰り返しをしている内に,午後10時半を超えたことから,この日は,仕方なく,本当の話を聞くことは,諦めることにしました。勿論,この日に聞いた業務上横領事件に関する一つの被疑事実の自白について,検察官調書を自筆で作成し,読み聞けをして,Sの署名,押印をさせています。
次の日,昭和○○年1月1日,午前10時,私は,B警察署前に居ました。この正月の朝は,仕出し屋から買っておいた,お節料理と自分で作った雑煮とで,お屠蘇抜きの新年を,官舎で一人で祝いました。
元旦の朝,B警察署の当番の警察官に,お正月の挨拶をしてから,昨日と同じく「B支部の検事ですが,被疑者の取調べをするので,房から出してください。」と無理をお願いしたのです。その警察官も,相手が検事なら仕方ないと分かってくれ「分かりました。しばらく待ってください。」と言って,調べ室に被疑者を連れてきてくれました。おまけに,ストーブに火をつけてくれました。
私は,開口一番,被疑者Sに「明けましておめでとうございます。今年は,あなたにとって,いい年になりますように。」と言いました。正月の挨拶をした後,しばらく沈黙が続きました。こちらがしゃべらない限り,相手はものを言わないので,しばらく考えて貰おう,決断して貰おうと思って,ゆっくり時間を掛け,問いかけを控え,にらみ合いが続きました。
私は,相手の顔を見るのですが,相手はすぐ顔を下に向いてしまいました。次に上げた相手の顔には,前日同様,申し訳ありませんねえ。ご迷惑をかけまして,という言葉が顔に書いてあるように思えました。私は,そう思うのやったら,もう真実を話したらどうか,という言葉を内心で繰り返しつつ,その言葉を顔で表現しました。
相手は,又,下を向いて,じっと黙り込み,何分か経過して顔を上げ,「帰られなかったんですね。」と言ってきましたので,私が「そや。今,ここにいるがな。」といいますと,又悲しそうな顔をして,そのまま顔を下に向けて,黙ってしまいました。
この時の相手の悲しそうな顔を見て,今日こそ,真実を話してくれる,と思いました。きっと「ご迷惑をおかけしましたので,もうお話しします。」と来るのではないかと期待して,数分そのまま待ちました。
しかし,次に顔を上げたとき,Sは「やってないものはやってないし,やってないものをやったと言ったら嘘になり,相手に迷惑をかけますので嘘は言えません。」という例の答えが返ってきました。「こら,あかんわ。」と思い,それから,沢山ある業務上横領の一つの事実について事情を聞き,その自白した内容を自筆で2,3枚の検察官調書を作成し,署名押印させました。
その後起訴したSに対する,業務上横領罪の公判廷では,業務上横領事実の立証のために,先ほど言いました○○年12月31日の日付の検察官調書と年が明けた○○年1月1日付の検察官調書を,証拠請求しました。後に有罪判決がなされたSに対する業務上横領罪の判決書には,証拠の標目として,その時の2通の,つまり,大晦日付けと元旦付けの検察官に対する供述調書が記載してあります。正に記念品です。
粘ったけれど,良いチャンスだと思ったけれど,残念ながら,この日には,自供を得られず,そのまま,新幹線に乗って,京都に帰りました。翌々日の3日の夜にB市に戻って,Sの取調べをしましたが,やはりだめでした。
もし,Sが自白を始めたような場合は,その信用性を確保するために,直ぐに,日直の検察事務官を呼び寄せて,事務官立ち会いの下で,自白を調書に録取するということは考えていましたが,残念ながら,その機会はありませんでした。
第4回
7 事件の結末
正月に自白を得られず,がっかりしていたところ,正月明けで所轄B警察署に出勤してきた県警本部の警察官が,暮れと正月に当番をしていた地元の警察官から「検事が暮れも正月も調べに来ていた,お前ら何してんのや。」ということを言われ,飛び上がって驚いたということでした。それから,警察は補充捜査もすごく熱心になり,更に指示した的確な裏付け捜査をするようになりました。
Sは,町長に約80万円の黒壇の座机を贈ったことは認めましたが,現金400万円については,その後,何度聞いても,嘘は言えませんの一辺倒でした。黒壇の座机の物品の授受だけで現職の町長を逮捕することは,常識的にも社会通念上の見地からも問題があり,消極的と言わざるを得ませんでした。
結局,自白がなく証拠が不十分であることから,内々に,まず,警察官が町長を調べて,否認のままであれば,収賄事件を在宅送致をさせて,私が,どこかの小さな支部に町長を呼び出して取調べをして,そのまま否認であれば嫌疑が不十分であるとして不起訴処分にする他ない,というような状況になりました。
ところが,警察官による町長の取調べが行われた二日目の夜の10時ころのことでした。私は,3月末で,O地方検察庁に転勤することになっていましたので,官舎の部屋の壁のペンキ塗りをしていたときのことですが,警察のこの事件の主任の警部から電話があり「400万円割れましたわ。」というので「何が割れたんや。」「町長が自白しましたわ。」とのことでした。
今から逮捕できるのかと聞いたところ,「兵隊と二人だけで,何も出来ませんわ。」と言うので,「よし,それやったら,町長を車で家まで送って行けや。それで,明日の朝,歯磨きと寝間着を持って出てくるように言えや。」「町長の奥さんには,今晩は,寝んと一晩中話をするように言うとけや。」といいました。自殺を防止するためです。
そして,「明日一番に調書を見に行くわ。それで,上司には,どういう報告してるのや」と聞いたところ,主任は,「何言ゆうてますねんや。今,割れたからすぐ検事に報告したんで,まだ,上には,何も言うてませんわ。」と言いました。それで,この警部が,警察の自分の上司に報告する前に,先に主任検事の私に報告してくれたということが分かりました。
私は,その主任に,「あんたの上司には,今,私が,あんたに指示したようにします,と言えば良い。」と言いましたところ,「はい分かりました。」という返事が返ってきました。嬉しかったですね。他の組織の人間が,その組織の上司に報告する前に,主任検事の私に報告してきてくれたんですから。検事冥利に尽きるという感じでした。
翌日,日曜日でしたが,早朝,B警察へ行って町長の自白調書を読んで,問題のないことを確認し,支部長に報告した後,新幹線に乗ってA市の本庁へ行き検事正に報告して決裁を得ました。そして,警察に現職町長らの逮捕を指示し,町役場の捜索を実施するように指示しました。警察は,その日に,現職町長Tと理事長Sを贈収賄で逮捕しました。実は,この日は,B地区の法曹親善ゴルフ大会が予定されていて,私も,支部長も,そのゴルフ会に参加する予定でしたが,勿論,ドタキャンでした。
8 否認の理由
理事長Sは,また逮捕され,逮捕の罪名が贈賄であることについて,少し不審に思ったようですが,従前どおりの否認をしました。しかし,勾留請求の翌日に,Sは,私の自信満々の態度に事件の状況に変化があったことが分かったようで「町長の方が話をしたんですね。」と確認してきましたので,私が,にっこりすると,相手は,ほっとした態度になり,贈賄事実について自白を始めました。その後のSの取調べは,全く問題なく,スムースに進み,真相が解明していきました。
このように 収賄した町長Tが,在宅で,先に自白し,その後,それを知った贈賄理事長Sが全面的に自白することになって,汚職事件の真相が解明しました。そのSに対する取調中に,私は,大晦日と正月に取調べを受けた時の心境を聞いてみました。「去年の大晦日とお正月に貴方を調べたときに,事の真相を話してくれないかと期待していたのですが」と。
すると,Sは,「あの時は,誠に失礼しました。検事さんの熱意を感じて,もう話をしようかと,のど元まで400万円のことが出てきました。でも私には,義理がありました。400万円を町長に差し上げたことは間違いなく,Mにメモさせた事実も間違いないのですが,あの町長は,その後,2年ほど経ってから,私が会社の資金繰りに大変困っていたときに,400万円を返してくれたんです。返してくれた時に,このことは絶対しゃべらないと町長に約束したのです。ですから言えなかったのです。今回再々逮捕されていろいろ調べを受けているうちに,どうも町長の方から話をしたようだということが分かり,自分からは話さなかったという約束は守ったと思い,本当のことをお話しする気になったのです。大晦日と正月は検事さんには,本当に申し訳なくて,苦しい思いをしました。」と話してくれました。
思っていたとおり,心理作戦は思い通り,いいところまで行っていたのです。やっぱり,否認する相当な理由があったのです。
自白した町長に,この経緯を聞くと,
社会福祉法人の設立に関して,いろいと有利な取り計らいをして欲しいとのことで現金400万円を貰った2年ほど後に,理事長Sの会社の専務MとSの奥さんが来た。そして,これまで私に贈ったという現金400万円や黒壇の座椅子や選挙の際の諸費用などを書いたメモを見せて,「助けてくれ。会社が危ない,お金を融通してくれ。」と言ってきた。それでこんなメモを警察に見せられたら大変や,これはえらいこっちゃ,こんなことがバレたら大変やと思った。まず,椅子などの物品と先ず現金200万円を返し,その後,改めて残りの200万円を返しに行ったが,その時に理事長Sが,このことは絶対しゃべらないと言ってくれ,安心していた。
とのことでした。
Sは,金に困り,町長を脅して賄賂金を取り戻したわけで,相当な悪ですが,それだけに,その時の,絶対しゃべらないとの約束は,守らねばならないと思ったということです。やはり,相当な理由があったのです。
9 取調というもの
ところが,町長の取調べについて,問題が生じました。警察での,町長の取調べの担当者が,最初自白させた主任の警部ではなく,ワリヤ専門の元気のいい警部補がすることになり,この警部補が,町長に対して取調べをする際に,「アホ」,「馬鹿」の繰り返しで,町長の人格を無視するような態度で調べをしたようです。
それで,この警部補の態度に町長が不満を持ち,むくれてしまい,逮捕2,3日後から,警察官には一切話をしないという態度を取りました。となると,収賄被疑者について検察官しか調べが出来なくなり,警察官調書なしで検察官が取り調べざるを得なくなってきました。検事が先に町長を調べ,その裏付け捜査を警察がやるという変則的なことになりました。
最終的に,取調べというのは,あくまで,被疑者の口から本当のことを聞き出すわけで,取調官が黙っていては相手は話はしません。被疑者の方から真実を,どんどん話してくれる訳では決してありません。都合の悪いことは,積極的に言いません。
取調べは,言いたくないことも上手に,聞き出さなければならないのです。取調べは,人によって,変えていかなければなりません。相手が暴力団で,荒っぽい恐喝の被疑者に,「貴方のご職業は」とか,「どのように怒鳴られたんですか。」と聞くような方法は,かえって相手は,話しにくいことになります。
取調べのコツは,相手が話しやすいように聞いてあげることなのです。町会議員や市会議員,県会議員という類いの人は,選挙で選ばれた人で,世間では自分は,ある程度えらいと評価されており,それについて強いプライドを持っています。このプライドはあくまで尊重してあげなければ,信頼は得られません。
それを「アホ,馬鹿」と言って侮辱して,ボロカスに怒鳴りつけるようでは,取調べ能力は,大したものではなく,かえって真相から離れますし,被疑者が口をつぐむことにもなりかねません。プライドを尊重してあげるということは大切なことです。
私の経験で,公職選挙違反事件で市会議員が供応接待の事実を否認していた事件があり,私が,
「先生,一つ格調の高いところでお話し下さいませんでしょうか。泥棒が夜中に手袋をはめて人の家に入り,物色して財布の中から現金だけを抜いて逃げたという事件でしたら,知らないと言っても通じるかも知れません。先生の場合は,多くの支持者の前で市会議員の先生が,『選挙では宜しく』と言って御馳走をされたような場合は,これは,供応接待であり,嘘のつきようがないのですわ。沢山の人が聞いていますし。しっかりした先生の支持者の方が,先生のお話を聞いて,それを正直に話されているのですよ。相手のあることなんです。これを知らない等と弁解するのは,単純否認といって,大変,次元の低い話です。やっぱり,もっと格調の高いところでお話し頂けるようお願いしますわ。」
というような話し方をしたところ,市会議員が,ニコッとして,これを受け入れてくれ,自白を得たことがあります。プライドを傷つけたらいけません。現役の町長さんをして,警察官ごときに,何でそんな偉そうにされるのか,というような気持ちを持たせたのがいけなかったのです。警察官と検察官との取調べ方の違いかも知れません。
被疑者に対して,この事件の自分の処分は,この人に任せても良いという気持ちになって貰うように,取調べの際に応対することが大切だと思います。
第5回
10 教訓
私は,起訴を終え,事件の捜査処理の報告書を完成させた後の,4月にO地方検察庁に転勤になり,公判は,他の検事が担当してくれました。案の定,贈賄者のSも収賄町長Tも第1回公判で犯行を否認しましたが,二人とも,第1審は,有罪判決が出され,被告人らが控訴し,第2審はいずれも控訴棄却判決が出ました。そして,両名とも上告しましたところ,最高裁判所がいずれも上告を棄却し,第一審有罪判決が確定しました。
この種の主観的違法要素の立証が問題となる事件,つまり,贈収賄事件,選挙違反事件については,被告人は,公判で否認するのは当たり前と考えなければなりません。
大体,この種事件の収賄関係者は,町長,市長,議員,局長,部長,課長など立派な肩書きのある公務員が多く,また,選挙で選ばれた人が多いですから,自分に投票してくれた人の前で犯罪を犯したというような恥ずかしいことは言えないのです。格好悪いのです。特に賄賂を貰った,票を金で買ったというようなことは言えません。だから否認します。
検察官としては,それは織り込み済みのことで,犯罪事実をどのように立証するかについて,あらかじめ十分検討し,問題となるような争点については,しっかりと裏付け捜査をしておかなければならないのです。単に自白を得ただけでは足らず,秘密の暴露を含む信用性の高い自白を得ておかなければならないのです。
ですから,被疑者から十分弁解を聞き,この弁解が真実か否かについて十分捜査し,弁解が合理性のない裏付け証拠のない主張で,意味がないことや,逆に,自白を裏付ける客観的証拠を十二分に収集しておく必要があります。場合によっては,それが第三者の供述の場合もあり,物的証拠や銀行取引結果の場合もあります。将来出てきそうな弁解を予めきっちり確認して,真相の解明をしておかなければなりません。
ですからこの種の事件の捜査は,手間がかかるので,経験が豊富な検事が主任をすることになっています。十分対策を取っていなかった事件については,公判担当検事が苦労するのです。被告人も,捜査段階で取調べを受けた検事と違う検事が出てくると,公判廷で好き勝手なことを言いやすいのです。検事としては,どんな弁解をされても公判で有罪主張がぐらつくことのないような信用性の高い自白を得,その裏付け証拠を確保する等,十分な証拠を集めておく義務があるのです。
私が新任検事の公判部配属の時,贈収賄事件の公判に先輩検事について法廷に行ったとき,捜査段階の検察官調書ではきれいに収賄事実を自白しているのに,法廷では完全否認でした。本当に賄賂を貰っているのかな,法廷での弁解が正しいのかな,と真剣に思っていたのです。
法廷が終わって役所に帰るため裁判所のエレベーターに乗った時,たまたま,その被告人が一人で乗ってきました。その時に先輩検事が,何気なく「君,いつまで頑張るのや。」と言って,いつまで否認し続けるのかと聞いたのです。すると被告人は,申し訳なさそうに「暖かくなるまで待ってくれませんか。」と答えたのです。
もう,私はびっくりしました。裁判官の前で犯行を否認している被告人が,密室のエレベーターの中で,公判検事にこんなことを言うのです。私は「何や,こいつ,やってるやないか。検察官調書通りやないか。公判検事は,真相を見抜いてるのやな。」と思いました。事件の真相を見抜いて,公判を担当しているその先輩検事を尊敬するとともに,検察官調書は,信用性があるのだなと感じ取りました。そして,その時,将来は,そのような検察官調書を取れるようにならなければならないのだなとも感じました。
11 終わりに
この事件は,警察と検察が,がっちりスクラムを組んで協力して捜査を進めることに成功した合同捜査でした。警察側は,捜査の当初に,理事長Sを逮捕出来る事件を検察が用意してくれたということで大変検察に感謝し,また,暮れ正月に主任検事が警察署へ行って被疑者の調べをしたということで捜査員の意気が上がり,検察側は,警察が,指示した裏付け捜査を根気よくやってくれ,最後は,在宅で町長を自白させるなど手柄を立て,本当に,双方とも信頼関係を保ちながら良くやったと思います。
いろいろなことがありましたが,最終的には当初考えた予定通り,現職町長を収賄事件で逮捕し,汚職事件の真相を解明するとの目的が達せられたのです。
それで,検警合同の打ち上げ会をやりました。その席上で,主任検事の私は,花束を貰い,旨い酒を酌み交わし,最後は胴上げをされました。共同捜査を仕上げた者にしか分からない,大きな喜びを味わい,感動を覚えました。
検事っていいなあと思いました。