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元検事の事件回顧録(その7)
~「秘密の暴露」となる自白を得たことで,真相が解明できた公職選挙法違反事件
 この事件は,私が検事任官5年目のころ,田舎町において発生した選挙違反事件に関して,先輩検事の下で捜査応援をした件です。近時,捜査官が,被疑者の取調に際して,強く自白を求めないような方法で捜査が行われているようですが,このような事件は,処罰が出来ないということになるのでしょうか。

第1回

第1回  事件の端緒

 本件は,K地検T支部管内の,有権者数2,530人の小さな町の町長選挙で,合計863万円もの買収金がばらまかれた,特異な選挙違反でした。最終的には,合計124名という多数の被疑者を検挙し,当選人C自らも供与に関与しているとして,同人を頂点とする大型買収事犯の全貌を明らかにすることが出来た選挙違反事件です。
 T支部管内H区検を検察官の取調実施場所にして,そこにN主任検事と応援検事の私と副検事1名が付いて全般的な捜査を行い,応援の先輩K検事がT支部で供与者Yの調べをするという捜査体制でした。
 本件は,警察の送致事件であり,当初,警察に逮捕された被疑者Yが,次々と選挙資金を供与する旨の内容を自白しました。S検事が供与者Yを取り調べてその調書を帳場に送り,私は,帳場でその調書を参考にして,受供与者となった被疑者を在宅で,1日に数人づつ,順次取り調べていったのです。
 その受供与者の中に,選挙区以外に住所を有する有権者ではない某宗教団体の信者Xがいて,Yが,Xに選挙運動を依頼し,その御礼として現金10万円を供与したとの事実が浮かび上がりました。私は,Xに対して,H区検に任意出頭を求め,在宅でXの取調べをしましたが,否認でした。

続く

第2回

第2回 弁解の内容

 Xの弁解の内容は,「自分は,椅子の革張りをする業者で,お客さんの1人である供与者Yが町内にある私の店に来て,この町内に知り合いが多い私に選挙運動を依頼した。私には選挙権はないが,票集めの選挙運動をしてあげる旨,気良く引き受けた。選挙に関してお金を貰ってはいけないことはよく分かっているので,お金を出されたが,お金は貰えないと言って断ったところ,帰る時に,Xは店の事務机の上に現金10万円入りの祝儀袋を置いて帰った。翌日,その候補者の選挙事務所に祝儀袋を返しに行った。自分は,熱心な宗教活動をして信頼されており,選挙違反等絶対していない。」とのことでした。
 選挙事務所の係員から事情を聞いたところ,何人かがお金を返しに来たが,何時,誰が返しに来たかは,確認できていない,とのことでした。
  しかし,供与者Yは,このXのことをよく覚えており,「C候補者をよろしくお願いしますと言って,10万円入りの紅白の水引の祝儀袋を渡したら,はい分かりましたと言って,すぐ受け取ってくれた。」と供述していました。ですから,受け渡しは認めるが,返したもので貰っていないとの被疑者Xの弁解が,合理的かどうかという問題となりました。何人か返しに来た者がいるが,誰か分からないということから,場合によっては,この被疑者の弁解どおりかもしれないという可能性は残されていたのです。
 2時間くらいの取調べの結果をN主任検事に報告したら,他に詰めるネタがない以上仕方がないということで,私は,その旨の否認調書を作成し,他の被疑者の取調べに移りました。

続く

第3回

第3回 再取調べの経過

 ところが,2,3日後,供与者Yの取調べをしていたS検事から,「これはおかしい,他の受供与者が全員供与者の言うとおり自白しているのに,この者だけが,否認しているのは不自然である。供与者の自白は信用できるし,返したのなら,何らかのことを連絡してくる筈である。」,「返し方が不自然だ。」という指摘がありました。そして,私に,もう一度その被疑者の取調べをして事情をよく聞いて欲しいと言われたため,10日くらい後に,再度取調べをすることになりました。
 午後からの取調べでしたが,被疑者は「前に私の言ったことをキチンと信用してくれ,調書を取ってくれたのに,なぜ,また取調べをするのですか,私の言っていることは,真実で,間違いない。」というような自信満々の態度でした。「私は,10人もの人を宗教団体に折伏させていますし,この区検の長椅子も私の方で張り替えをしており,検察庁にも信用されている業者ですよ。」という言い方をして,前回と同じ弁解を繰り返しました。
 取調べを始めてから1時間くらい経過したころに,この日,警察の捜査本部に打合せに行っていたN主任検事がH区検に帰ってきて,極めて有力な情報があったと連絡してくれました。取調べを中断して主任から得た情報というのは,「被疑者Xが返しに来た祝儀袋を受け取った人物が判明した。その者の言うことには,返しに来たということは事実だが,返しに来たのは,この捜査が始まった後の時期で,それも供与者が逮捕された後であった。そして,返して来た祝儀袋が,紅白ではなく黄白の水引の祝儀袋であったので,変なものを持ってきたなと思い,その時のことを良く覚えている。」ということだったのです。
 水引には,紅白と黄白のものがあり,お祝いの時に使うのが紅白の水引で,法事などのお供えに使うのが黄白の水引であるというのが常識なのです。

続く

第4回

第4回 取調べの方法

 この情報を聞いて,私は,真実は,「被疑者Xは,現金を貰っていたが,選挙違反事件の捜査が始まったことで,えらいことになったと分かって,慌てて貰ったお金を返しに行き,後になって貰っていないと言っている。」のではないか,という見通しを立てることができました。他方で,Xは,受け取った翌日すぐ返したと弁解しており,これは質の悪い否認であると思い,絶対に,本当のことを自白させなければならないと思いました。
 そのとき取り調べた方法は,どのような方法だったと思いますか。「こらっ!嘘付くな!」,「本当のことを言え。」ではありません。私は,祝儀袋を返しに行った時の状況を詳しく聞き直しました。「返した時期は,受け取った後すぐの時期か,どうしてそう言えるのか。」,「どんな人に,事務所の何処で返したか。受け取ったままの状態で返したか。」と自信を持って聞きました。
 するとXは,こちらが自信をもって聞くことから,反論が少し変になり,「金を返したのだから,良いんではないですか。」と,受け取った後,すぐ,そのまま返したという言い方がどうも嘘っぽいものになり,そのうち,Xの態度が何か,そわそわとしてきました。
 このような話しの繰り返しになり,私は,「祝儀袋は,どんなものでしたか。絵を描いてくれませんか。」といって,白紙を出して,鉛筆で祝儀袋の絵を描かせようとしました。Xは,時間を掛けて,鉛筆で祝儀袋の絵を描きましたが,水引の色は鉛筆と同じになっていますので,「じゃあ,水引の色を文字で書いてくれませんか。」と言いましたところ,急に下を向いてしまいました。「どうしたのですか。」,「返した祝儀袋の水引の色は何色でしたか。」,「何色だ!」,「どうして言えないのですか。」と言って,たたみかけて聞きました。こうなるとXは,全く言葉が無くなり,じっと俯いたままになりました。
 しばらく経ってから,「検事さん薬を飲ませてください。」と言い出しましたので,これはやばい,滅多な薬は飲ませられない,と思い,「何の薬ですか。」と聞いたところ,「胃が痛くなったのでパンシロンを飲みたいので水を下さい。」と言いました。私は,パンシロンと言いながら,別の毒でも飲むのではないかと心配し,立会事務官にその薬を確かめさせました。確か,四角い袋に入った顆粒状のパンシロンでした。商品名も「パンシロン」という文字が印刷されている市販の胃薬であるということを十分確認してから,立会事務官に水を用意してもらい,薬を飲ませました。

続く

第5回

第5回 自白を得たきっかけ

 それからしばらくは,無言の状態が続き,私は,「正直に話してください。」,「10人もの人を宗教団体に折伏させておきながら,罪を免れるために,嘘をついてはいけません。」というように説得したのですが,被疑者が積極的に話すことはなく,説得は効きませんでした。
 人間,一旦嘘をついた後,嘘をついた相手に,正直に話すのは難しく,やはり,タイミングというか,勢いというか,相手が話しやすい聞き方をしてやらなければなりません。感極まって,一気にしゃべるというのは,よく聞き,確かにありますが,それは,余程,突然反省し,悔悟の上,了解した場合だと思われます。普通は,ぽつぽつです。完全に結果を自白し,その後,ぽつぽつ,その経緯を話し始め,全てを話し終わった時の状態のことを,一気にしゃべったと捜査官が言っているのではないかと思います。
 今でもよく覚えているのですが,私がその時,深く考えてから突っ込んだのではなく,あくまで取調べの流れの中で,「祝儀袋の水引の色が,何で赤から黄色にかわるのですか。」,「中の10万円は,どうしたのですか。」,「そのまま持っていたのですか。」,「受け取った10万円は何処に入れたんや。」,「返した10万円はどこから出したんや。」「出したところは,何処や。」と詰めて聞いたのです。
 Xは,私が,このようにまくし立てて聞いたところ,一言「郵便局」と言いました。これが自白なのです。返すお金を出したところが何処かという質問が,Xには,答え易かったようです。
 以前,法務局の印紙窃盗事件で,被疑者から自白を得たという話をしましたが(回顧録④第5回自白場面),あの時も,盗んだ消印のない印紙,を何処で5月5日換金処分したのかを追及したところ,「秋葉原です。」という答えが返ってきて,自白し始めたのです。相手方が話しやすい聴き方をすることが肝要なのです。
 そして,その後Xは,ぽつぽつと,話し始めました。「受け取った現金を自分のものとして使おうと思い,一旦郵便局に入れておいたところ,選挙違反事件の捜査がなされるようになり,貰った相手が逮捕され,選挙違反がバレ,捜査が自分のところに及ぶという段になり,『これはヤバイ。返しに行こう,返したら問題ないだろう』と思って,その時には,受け取った時の紅白の祝儀袋はもう捨てて無くなっており,返しに行く途中の文房具屋に寄って紅白の祝儀袋を買おうと思った。文房具屋に行ったら,祝儀袋は,紅白が品切れで,黄白しかなかった。急いでいるので,『黄白でもいいや。』と思い,それを買って,郵便局から出してきた10万円をその黄白の祝儀袋の中に入れて,選挙事務所のあったところへ,返しに行きましところ,事務所にいた人が受け取ってくれたので,『助かった。返したからもう選挙違反は大丈夫だろう。』と思っていたところ,やはり呼び出しがあり警察官と検事の調べを受けた。検事から睨まれ,しつこく聞かれ,ようやくお金を返したことを検事が認めてくれ,その通りの調書を作ってくれ,ほっとしていた。ところが,また呼び出しがあり,『やっぱり,あかんかなぁ。』とは思っていた。」という事件の経過,内心の変遷を話しました。
 更にXは,「今回の取調べについて,最初は,前回と同じ調子であったのに,途中で取調べが中断し,その後,検事が自信満々になって聞き出し,祝儀袋の色のことを聞かれた。返しに行くときは,『紅白の水引がないので黄白でもいいや』と思っていたのに,ここで引っかかってしまった。『もうアカン,ばれた。』と思って,本当のことを話さなければならないと思いはしたが,言いにくくて,厳しく追及されて,やっと話した。」という供述をしました。この自白にいたる経過,心境も,自白調書に盛り込みました。
 文房具屋に紅白の水引の祝儀袋があれば,それを買っていたのに,黄白しかなかったが為に,バレてしまったのです。運が悪いと言えば運が悪いわけで,捜査上の観点からいえば,文房具屋が,よくぞ紅白の祝儀袋の在庫を切らしてくれていたものだということになるのです。偶然というものは,あるのです
 勿論,その後,郵便局における現金10万円の出入金事実,文房具屋の場所と紅白の祝儀袋の在庫がなかったことから黄白の祝儀袋を販売したことの事実,販売したものと同じ祝儀袋の任意提出等を警察に命じて,事実の裏付け捜査をやりました。

続く

第6回

第6回 自白後の供述

 事件の経過を自白した後で,被疑者から「検事さんは,いやな仕事をしていますね。」と言われました。そして,更に「この前取調べを受けてから,嘘をついていることが気になり,夜に寝床で検事さんの睨む顔が天井に写ってきました。」,「また呼ばれるのかどうかが心配で,ゆっくり夜も眠れませんでした。」と言われました。捜査官側は,被疑者から否認されたら大変ですが,否認をする被疑者の方の神経も大変なのだなということを感じました。
 やはり,いろいろと被疑者を責めていることが,被疑者にはボディー・ブローのように効いているのだなということも分かりました。人間は,なかなか嘘を突き通すということが出来ないものなのですね。
 私自身は,検事がいやな仕事であるとは思っていなかったのですが,相手からすると,隠していることを暴こうとする,いやな人間だと思ったのでしょうね。でも,自分が蒔いた種を拾えと言っているだけであり,それが正義にかなうことだと思い,正義を守り,公平な処罰をして,治安の秩序を維持することを旨として,一生懸命に検事の仕事をやっているという気持ちで職務に臨んでいました。
 ですから,その時,Xに「悪いことをして,嘘をつくから,攻められて,そんな気持ちになるのではないですか。嘘をついている人からはそう思われますが,私は,検事の仕事をいやな仕事とは,思っていませんよ。」,「嘘をついたことで,大変な目に遭いましたね。」と切り返したように思います。
 この事件で,自白を得ることが出来たポイントは,やはり,追及するネタが良かったからです。やはり,ネタがなければ,なかなか被疑者から自白を得ることは出来ません。相手も必死なのですから,割れません。いかに良質のネタをより多く集めるか,集まるかが,自白を得ることが出来るポイントです。運もありますが,何とか真相を知りたいという強い気持ちを思った時に,良いネタが集まるようです。
 N主任検事が,現金10万円を返した時期と祝儀袋の水引の色とに関する情報をくれたことで,初めて,真相を知ることが出来たもので,先輩には感謝,感謝でした。また,不自然で,座りが悪いと言われたS検事の見通しの鋭さにも感心させられました。S検事の,あの指摘があったので,再取調べをすることになったもので,被疑者Xにとっては,全く不運だったのでしょう。このS検事は,捜査の見通しが素晴らしい人で,やはり,その後,検事長にまでなられました。

続く

第7回

第7回 自白の必要性

 その時まで,私は,新任検事から3,4年の期間に,いろいろ事件の捜査をし,被疑者の取調べ,犯行の一部否認や背景の一部否認等は,色々ありましたが,この事件は,私が,検事任官後,5年目の在宅取調べで,完全に否認していた被疑者について,完全自白を得ることが出来た初めての事件でした。
 このようにして,被疑者は,在宅でも,自白するものなのだなあと思い,良い経験をさせて貰った事件でした。事件としては,余り大きなものではありませんでしたが,選挙の総括主宰者の取調べもさせてもらいました。
 また,供与者に対する取調べをした際,主任検事から,この被疑者は,少なくとも6人には金を渡しているからな,と言われ,警察官の調書では「4人にしか渡していません。間違いありません。」となっていた被疑者に対して,「4人であるわけがないじゃないですか。」と自信満々で調べたところ,被疑者はしばらく考えてから,観念したように「済みません。8人でした。」という返事が返ってきました。「じゃあ,その人の名前を言って下さい。金額も。」と聞くと,次々しゃべるのです。聞いた本人がびっくりする様ないろいろな供述が出るのです。
 自信満々の態度が,嘘をついて,びくびくしている人間の心を揺するということなのです。取調官が知らないことを,被疑者は本当に自己に不利なこともしゃべることがあるのだなということの経験もしました。そして,自白がないと真相が分からない,自白を得ることによって,捜査官がそれまで全く知らなかった事実(本件では10万円が郵便局から出し入れされていたこと。)が初めて分かり,真実というものは解明するものなのだということも理解できました。
 勿論,自白を得た後は,供述が真実であるかどうかについての裏付捜査を行わなければなりません。捜査官がそれまで知らなかった事実で,被疑者が自白をしたことで初めて捜査官が知ることになり,その後,捜査の結果,自白した事実が客観的証拠により裏付けられた自白を「秘密の暴露」といいます。
 自白があっても,秘密の暴露がないと,その自白は,信用性が無いか又は信用性が低いと言わざるを得ません。本件についても自白の裏付け捜査を行い,郵便局における現金10万円の入出金事実,文房具屋の存在とその当時紅白の祝儀袋の在庫がなかったことから黄白の祝儀袋を販売したことの事実,販売したものと同じ祝儀袋があったことなどの客観的証拠により,被疑者の自白の真実性が完全に裏付けられました。
 本件は,「秘密の暴露」となる自白を得ることが出来たことから,信用性の高い自白として事実の認定をすることができ,事件の真相が解明できたのです。

続く

第8回

第8回 捜査秘話

 私にとっては,本庁から車で約3時間かかる遠く離れたT支部H区検で捜査することも,約2ヶ月間選挙違反による捜査出張することも,先輩検事の事件を応援することも初めての経験でした。田舎の人は本当に真面目で,呼び出した時間より30分から40分早い時間に出頭して来るのです。この時の選挙違反事件の捜査の段取りは,毎日,受供与者一人につき,取調時間3,40分,調書作成時間60分というような時間の割り振りで,一日6,7人の取調べをするという,多忙な日の連続でした。
 しかし,町にはN温泉があり,この温泉の中の旅館を宿泊所として,H区検へ通っていました。毎日朝風呂に入り,朝食後,宿の女主人が,旅館から自家用車でH区検へ送ってくれ,午後8時ころに仕事終えて,また女主人が迎えに来てくれて車で宿へ帰り,それから,温泉につかって,夕食を取るという毎日でした。朝晩,温泉につかりながらの選挙違反捜査という,今から考えると,忙しかったけれど,大変贅沢な出張でした。
 その先輩はビールが大好きで,夕食時には,いつも「もう1本だけ,いこか。」と言われて,ビールは1本では済みませんでした。この先輩は朝型で,私は夜型でしたから,先輩は先に布団の中に入って寝,私は,廊下に出て,借りた蛍光灯のスタンドの下で,寝る前に,次の日の取調べのための調書を読んで準備し,午前1時ころに寝ていました。先輩の方は,朝方に早く起きて,私と同じように廊下に出て,調書を読んで準備をするという日が続きました。
 今では懐かしい思い出です。 

                以上